「美樹ちゃんは美容室で染めようと思ってるの?」
「たぶんそうする。明日美容室予約してるから、そこで染めると思う」
思うと言ったのは、染める決心がまだついてないからだ。
「髪のこだわり半端ないもんね。派手に染めてるのにいつもさらっさらで。ちなみに市販だと千円ちょっとでこんな感じに染まるよ」
佳奈は私に向かってツヤのある黒髪をなびかせた。
「分かってるよー」と軽く言って、私は自分の長い髪を触った。冬に向けて、明るいアッシュグレーに染めたその髪は、行きつけの美容室で定期的にリタッチカラーをし、日々メンテナンスしていた。
ふと、全員が料理を食べる瞬間になった。一瞬の間に、
「あのさ」
と思わず口に出してしまった言葉の続きを、私は飲み込んだ。
就活では、リクルートスーツに黒髪と、全員同じような外見が求められる。その反面、いろんな企業が自分らしさを唱う。やりたくて就活してる人なんてきっといない。
「髪、黒くしないで就活したら、どうなるかな」なんて、そんな就活を当たり前のように取り組んでいる二人に、こんなことやっぱり言えない。
「どうした?」
学生の間、地毛でいたことが一度もない私にとって、黒髪にするという当たり前の行動が受け入れられない。
「いや、何でもない」
と返して、私はふきのとうをもう一口食べた。去年までは絶品だったその天ぷらは、苦くて飲み込むのも一苦労だった。
「髪?」
と聞いてきた美咲の目に、私はビクッとした。心の中を読まれている気がしたからだ。私は首を横に振ると、美咲が口を開いた。
「後悔ないようにするべきだよ」
ゴクッと私の喉が鳴った。口の中にあったふきのとうを思わず飲み込んでいた。
住宅とお店が混在するエリアにあるその美容室は、大きな窓を持つ木の一軒家だ。家の周りに植えられているローズマリーやラベンダーなどのハーブの低木や、落葉樹の高木がその外観をさらに魅力的なものにしていた。
そのお店に一目惚れして、通い詰めて三年になる。
スタイリスト三人、アシスタント一人で構成されている比較的こじんまりとしたお店に入ると、木の香りの中に鼻をつく人工的な匂いが微かにした。
「美樹ちゃんこんにちは」
とレジで声を掛けてくれた女性が、柏さんだ。ダークブラウンの長い髪を後ろでひとまとめにしている。
「こんにちは」
「今日はカラーと、カットで良かった?」
予約した内容をタブレットで確認しながらそう言う柏さんに、私は言葉を濁した。
「えーっと、はい。それで」
歯切れの悪い私の反応に、柏さんは「間違いない?」ともう一度聞いてきた。
「はい、その内容で大丈夫です」
とりあえずそう言った。内容は間違ってない。ただ色も長さもまだ決められてないだけだ。