「煮え切らないなぁ。そんなんだから奥さん出てっちゃうんですよ」
「今、カミさんの事は関係ないだろ!」
七海は優秀だけれど、時たま痛い所をついてくるのが大島の悩みだ。
「いくら相手が子供だからってさ。大人が大上段に『ダメです』って言うのは、なんか嫌なんだよ」
「じゃあ、あの子、モヒカンにするんですか? 絶対似合いませんよ」
「だよね……。なんであの子、モヒカンなんかに……」
「いやな想像になっちゃうんですけど……イジメとか?」
「え……」
サーッと血の気が引くのを大島は感じた。
大人しそうな子だった。イジメのターゲットとして狙われても違和感はない……。
バックヤードと店舗スペースを仕切るカーテンの隙間から少年を見る。俊樹が出したコーヒーに口をつけ、所在無げにしている。美容院に来ることも慣れていないように見える。
いつの間にか、七海も大島の隣でカーテンの隙間から少年を見ている。
「いかにもって感じしません? いじめっ子に脅されて、嫌々モヒカンにさせられようとしているのかも……」
七海の言葉に、嫌な想像が大島の脳裏に浮かぶ。集団からイジメを受ける少年。無理やり髪型を変えろと脅される少年。そんな少年の姿を想像してしまったら……。
「いや店長、何泣いてるんですか?」
「だって、可哀そうじゃん! そんなの……」
「そういう女々しいところも、奥さん嫌がったんじゃないです?」
「だからカミさん関係ない!」
確かに、事あるごとに「男らしくない」とは言われたけれども……。
「あ……。もしかしたら確定かも。見つけちゃった」
「え? 見つけたって、何を?」
「あの子の手、見てください。ボロボロですよ」
「え?」
七海に言われて、コーヒーカップを持つ少年の手に注目する大島。確かに彼女の言う通り、少年の手はボロボロで、絆創膏がそこかしこにはられていた。
「あああ……。どうしよう?! どうしようナナちゃん! こういう場合、警察…じゃなくて、学校とかに相談するべき?」
「店長落ち着いてください!」
大島と七海が大騒ぎをしているところに、俊樹が入って来た。
「何してんすか二人とも? お客さん、いつまで待たせるんスか?」
「あ、トシキ君」
「あの子、スゲー緊張してるし、待たせすぎるの可哀そうっスよ」
「あの子のオーダー、アンタも見たでしょ? モヒカンよ。モヒカン」
「モヒカンくらい普通っしょ。俺のダチにはわんさかいますよ」
「アンタみたいなバンドマン崩れと、いたいけな中学生を一緒にするじゃないの!」
ふと、七海の言葉が、大島に引っかかった。
「ナナちゃん、トシキ君、ちょっと聞きたいんだけどさ……」
※
吉永晴人は緊張していた。その日、彼は初めて美容院なる場所に来たからだ。