「この髪形にしてください」
そう言って、少年がさしだしてきた雑誌の切り抜きを見て、大島信明は絶句した。なぜならそこには、モヒカンヘッドの外国人の写真が写っていたから……。
ここは大島が店長をつとめる美容室「スタジオN」。
都心から電車で一時間ほどのベッドタウン、香住市香住町に20年前から店舗を構える、どこにでもある小さな町の美容院だ。
この店の主な客層は、近隣の住宅街の奥様方やOL、大学生、そしてオシャレを覚えたての中高生。
だから、中学校の詰襟制服を着た、その少年がこの店に来ること自体は不思議ではない。不思議ではないが、このオーダーには少々……いや、大いに戸惑いをおぼえる。
よりによってモヒカン?
一昔前に流行った英国代表のサッカー選手のようなソフトモヒカンではない。頭の両側を完全に剃り上げ、中央に残った髪をニワトリのとさかのように逆立てる、あのモヒカンだ。
本来、大島は、できうる限り客のニーズに沿った接客を心掛けている。この店を構えて20年、その信条を持つことで、地域の信頼を勝ち得てきたという自負がある。
しかし……。
今日の客である少年の横顔を見る。そこには大人になりかけの思春期の少年がいる。このくらいの年齢の男子が、背伸びをしたがる傾向もわかる。
だが、どう考えても彼にはこの切り抜き写真のモヒカンは似合わない。
「ちょっと店長」
背中をつつかれ、振り向くとそこにはアシスタントの芳根七海がいた。七海はジトついた視線を向けて小声で話してきた。
「何悩んでるんです? 断ってくださいよ」
「ナナちゃん……ちょっとこっち」
「店長?」
大島は七海の背を押してバックヤードに向かう。
「トシキ君、お客様にお茶お出しして」
「え? カットまだっスよね?」
「いいから!」
もう一人の従業員、見習いの鈴木俊樹に時間稼ぎを命じつつ、七海と共にバックヤードに入る大島。
「なんですか? 悩む事なんてないでしょう」
「でもさぁ。お客様の要望を無下にはできないよ」
「お客様って言っても、どう見ても中学生でしょ? あの制服、近くの東雲学園のですね。こないだポスター貼らせて欲しいって何人か生徒さんが店に来たから知ってるんです」
「東雲の子か。あそこはそんなに校則厳しくないよね」
「だからって、あんな目立つモヒカン、さすがに問題になりますよ。もし噂になれば、ウチの評判ガタ落ちです」
「え? それは困る!」
「ウチのメイン層の奥様方は保守的なんです。中学生をモヒカンにする店って思われたら、絶対に店から遠のきますって。だから断るしかないです!」
「う~ん。でもなぁ……」