今まで散髪は、母に切ってもらうか、父の行きつけの駅前の格安理容店に行くかだったから、晴人にとって、こんなオシャレな場所は縁遠い所だった。
でも、勇気を出してこの店に入った。もちろん理由はある。しかし、オシャレのためではない。晴人にとってここに来たのは、いわば戦支度のようなものだった。
「あの~。お客さん」
店の店長らしき男が声をかけてきた。柔和な顔をした優しそうな中年男で、悪い言い方をすれば、どこか頼り無げな人だった。
先ほどからなにやら裏でごちゃごちゃとしていたが、何かあったのだろうか?
「どうかしました?」
「今日、担当させていただきます店長の大島です。それで、この髪型でしたよね?」
先ほど渡した雑誌の切り抜きを晴人に差し出し、店長は確認する。
「はい。お願いします」
店長は考え込むように黙ってしまった。
もしかして、ダメなのだろうか? 自分のような子供には、まだこの店は早かったのか? 晴人は心配になってきた。
「ああ、そんな顔しないで」
顔に出ていたらしい。
「すいません。ダメなんですか?」
「この写真の人、イギリスの有名なロックバンドのドラマーなんだって? 店員にバンドやってるのがいて、聞いたんだ」
「はい」
「ハッキリ言ってさ。君にはあんまり似合わないと思うんだ」
「!」
うすうすはわかっていた。あんなド派手な髪形は、地味な自分には似合わない。けれど、それでも……。
「あの髪型がいいんです」
「前に進む、キッカケがほしいのかな?」
「え?」
晴人は驚いた。考えていたことを言い当てられたから。
不思議に思う晴人の視線を笑ってかわし、大島は口を開く。
「この間、ウチの店に君の学校の生徒さんがポスターを貼らせてくれって頼みに来たんだって、文化祭。もうすぐみたいだね」
大島が指をさした壁には、晴人の中学校、東雲学園の文化祭を告知するポスターが貼られていた。
「もしかして、文化祭のステージで演奏するの?」
その通りだった。晴人は文化祭で行われる軽音楽部のライブでドラムスとして演奏する予定だった。
「その手の傷、楽器の練習でできた傷じゃない? メチャクチャ練習したんだね。スゴイな」
この数か月、晴人は毎日何時間もドラムを叩いた。この手の傷はその証。しかし、それでもどこか自信が持てない。だから……」
「それでもどこか自信が持てなかったんじゃないかな?」
「……」
「だから、髪形だけでも、憧れのミュージシャンのにして、自分を奮い立たせようとした。そのためのモヒカンだったんだね」
なんでこの人は、僕の考えていた事がわかったのだろう?
「そうです。僕、自分を変えたくて……」
学校での晴人は、地味で目立たなくて、パッとしない。
「僕、陰キャで、それがずっと嫌で……」
「陰キャ? ……ああ、ネクラみたいな?」
「いや古いです店長。今はリア充とか非リアって言うんです」
「ナナさん。割とそれも古いっス」
いつの間にか、女の店員さんと男の店員さんも店長の横にいた。
「だから、文化祭で、カッコいい自分になりたいって、でも練習しただけじゃ不安で……」
「君はすごい奴だな。尊敬するよ」