「おんぎゃあ~とか」
「ハハハ」
「ええけどな。もう慣れたわ」
再び、店内は静かになる。外から雨の音が聞こえる。
傘を持ってきていないことに気付いた。
「東京に来て結構経つやん」
「まぁ、慣れてきたところはあるね」
「そいでな、そろそろ漫才も東京スタイルに合わせていこうと思うねん」
「何、東京スタイルて」
「喋らん漫才」
「それ成立する?」
「今までが喋りすぎたのさ。それを東京が教えてくれたのだよ」
「東京がねぇ」
「やってみたいのよ」
「出来んの?」
「出来る」
「じゃあ、いくで。――どうも~。よろしくお願いします~。いきなりだけど、アンタちょっとやせた?」
「わかる? スムージーダイエット。通販でミキサー買うてな。あの通販番組は、あかんな。どうしても買ってまうねん」
「出会いがしら喋ってるやん」
「だってぇ、ホントにやせたんだもーん」
「東京スタイル、うっとおしいな!」
メイクルームの鏡の前で前髪を持ち上げていたら、相方から「アンタ、それ癖になってんで」と突っ込まれた。
「髪、伸びたなぁ思て」
「どこがやねん」
と相方がまた突っ込む。
「笑美里さん。良かったら少し切りましょうか」
スタイリストさんが、メイク準備をしながら会話に参加する。
「ありがとう。でもええねん」
「アンタ、最近変やで」
「何が」
「自分の髪、どんどん短かなってるの、気付いてる?」
「いっそのこと、坊主にしたろか」
「……好きな人できたん?」
「アホ。それやったら伸ばすわ」
私は、改めて鏡に映る自分の顔を見た。
確かに大阪にいる時よりも、はるかに髪が短くなっていた。
最後に美容院に行ったのは、いつだっただろう。
そうだ。この前ハサミの音が変わったことを指摘したら、編田君が「よく気が付きましたね。ハサミ新しくしたんです。な、要」と言ったのに、糸井君は相変わらず無表情で何も言わないから、「私、今年中に絶対糸井君の声聞くわ」と言って――。
「――笑美里って。大丈夫か? ボーっとして」
相方の声に我に返った。
「しっかりしてや。もう」
「――あんな」
「んん」
「うち、うるさいの、苦手かもしれん」
一瞬の間の後、みんなが声を出して笑った。
舞台に立つ機会も増えてきた。
テレビ収録にも呼ばれるようになり、ロケや営業も増えていった。
そして忙しくなればなるほど、あの美容院の静かな時間が恋しくなった。
地方ロケの仕事が終わった後、予約のtelをかけた。
編田君が出て、こう答えた。
「すみません。その日は予約で一杯なんですよ」
「そしたらまたかけるわ。ほなな」
一杯って、一席しかないやん。そう思うと可笑しくなった。
と同時に、たったひとつの席に知らない誰かが座り、あのふたりと同じ時間を共有することに、奇妙な違和感を感じた。
それは、自分以外の他人が、あの空間にいることへの羨ましさと、あの空間の価値を理解していることへの誇らしさが綯い交ぜになったものだった。