「大丈夫です」
大橋さんはシャンプーがとても上手だ。至福の時間である。美容院にいる時間でこの時間が一番好きだ。こんなに好きなんだから、半年もおかずにすぐくればいいじゃないとこの時ばかりは思うのだが…でもやっぱり来られない。私にはおしゃれすぎる。ここに来るだけの気合をためるのに半年はかかる。…一時の一か月一回は、どうかしていたな、本当。
「ちょっと失礼致します」
「はいっ」
びっくりしたけど、顔にかかっている布をかけなおしてくれただけだった。一安心。そう、このシャンプー中に顔に布がかかっているのが、私を安心させてくれるのだ。布最高!
「お流ししますね」
「はい」
シャワシャワ言うシャワーの音やあたたかい水が気持ちいい。シャワーってシャワシャワ言うからシャワーっていうのかな、なんちゃって。
「うまい名前ですよね、シャワーって」
「え!?」
「シャワーってこう、シャワーっていう感じの音がするじゃないですか、いいなあって、こうしてシャンプーさせていただくときにいつも思うんです」
「…私も同じこと思ってました今」
「え!そうでしたか!なんだか嬉しいです~」
つくづく素敵な人である。なんだかこの人にならなんでも話せる気がしてくる。しかも今は顔が布で隠されている。今ならちょっとしゃべりたい。
「…あの、さっき、お金のこと言ったじゃないですか」
「あ、はい、6000 円ですか?」
「はい。びっくりしませんでした…?」
「そうですね…あんまりそういう感じでおっしゃる方いなかったので確かに驚きはしましたかね…!でもいいんですよ、なんでもおっしゃっていただいて」
「いやあの、実は、そのアンケートの話なんですけど」
「はい」
「そのアンケートとってた人、若い兄さんって感じの人だったんですけど」
「はい」
「…あ、もしかしてもうシャンプー終わりました?」
「あ、はい、でもこのままいいですよ、お話」
「あ、いや、そんなたいしたことじゃなくて」
「でも今シャンプー台お待ちになってる方もいらっしゃらないので」
「あ、そうですか…。…あの…」
「かっこよかったんですか?その人」
「え、あ、いや。あ、いやってこともないですけど…」
「好きになっちゃったとかですか?」
「あ、そうではないです。そうだったらむしろよかったです」
「でもその人にまた会えるとも限らなかったらさみしくないですか?」
「まあ好きになってたらそうかもしれないですね」
「でも好きになったわけじゃないんですもんね」
「はい」
「失礼しました」
「あ、いやいやそんな。あの、実はその人」
「はい」
大橋さんにこれ話して何になるんだろう。でもなんか言いたい。
「…前に私がこっぴどくフラれた人に似てて」
「…なるほど…!」
「…ははは」
何を言っていいものやら。なんだか笑ってその場をしのごうとしているけど、そもそもこの状況作ったの私なんだから、私がなんとかしなければ。
「あ、あの」
「あっち行きましょっか!いすお上げしますね」
「あ、はい!」
ありがたい。とてもありがたい。ありがとう大橋さん。そしてそっと布をとられる。大橋さんはいつものようにふんわり優しい笑顔でいた。ああ、この布にも感謝だ。私の今までの話をしているときの顔は全て君のおかげでさらされずにすんだ。ありがとう、布。
「なにかに拝んでます…?」