「…手入れが楽な感じにしていただきたくて…」ああ、またいつもの感じになってる。
「なるほど!かしこまりました。長さなどのご希望もございませんか?」
「…特には」
いつものだなあ。
「かしこまりました!前髪はいかがいたしましょう?」
「…目の邪魔にならない感じなら、なんでも…」
…本当にこのままでいいんだろうか。
「承知致しました!でしたら眉毛あたりでカットする感じになりますかね。最近眉毛あたりでカットするのが流行っているので」
「…そうなんですか」
「はい!」
これでいいんだろうか…。
「ん…」
「なんでございましょう?」
自分で言ってわかった。やっぱりあの人の「ん」には何かあった気がする。被害妄想だとしても。でもだとして何を言うんだ、私。
「…あの」
「はい!」
「…私の今日のお値段って、その…、6000 円くらい?じゃないですか」
「はい」
「…6000 円相当な感じにしてほしいんです」
もっといい言い方ないのか!?でももう言ってしまった。
「…と、言いますと…?」
そりゃそうだ、こんなこと言われても困るだろう。何なら私も困っている。…でももう、言うしかない。
「…実はこのあいだ、そこの通りで、髪切る時に一回当たりいくらかけてるかを聞かれて」
「はい」
「…多分雑誌かなにかでデータを取るためにアンケート取ってたんだと思います。で、それで、その時答えてから、なんか気になってて、その…、6000 円相当の髪の毛を私はしてるのかなって」
「…なるほど」
誤解を招かないようにちゃんと言わなくちゃ。
「いやあの、大橋さんのいつもの感じで私は今までホントに満足していたし、これからもそうだと思うんです!でもあのアンケート?でそう聞かれてから急になんだろ、気になっちゃって」
「そうだったんですね」
大橋さんは優しい。私がこんなぶしつけなことを言っても怒らずに笑顔で真摯に聞いてくれる。もうここまで来てしまったのだ、恥を忍んで、開き直って、素直にお願いしよう。
「そういうわけなので、とりあえずあの、素敵にしてほしいんです!」
「6000 円相当に、でしょうか?」
「はい!」
「…それはできません、すみません」
「えっ」
やっぱり私はまずいことを言ったのだろうか。突然の街頭アンケートも断れないような私がこんなことを言うのはやはり大胆すぎたというか道をはずれたというか。慣れないことをするもんじゃなかった。赤っ恥だ。
「1 万円相当になりますけど、それでもよろしいですか?」
「……え?」
「よろしいですか?」
「……はい」
「かしこまりました!ではシャンプー台の方にお願い致します」
大橋さんはにっこり、そしてちょっとしてやったりみたいな笑顔を浮かべていた。なんて素敵な人なんだろう。きゅんとしてしまったじゃないか。まったく。
「かゆいところはございませんか」