大きな鏡を持ってスタンバイしていた麗美が、彼女の後ろ姿を映し出す。大きくウエーブのかかった髪が、ゴージャスな雰囲気を醸し出していた。
「とっても素敵ですよ」
「トイレお借りできますか?」
えっ? 普通、素敵ですよって褒められたら、「わぁ」とか「ステキ」とか言わないか。
「私の荷物……」
麗美がバッグを渡すと、彼女はトイレに消えた。
「なんか変な人」
麗美がささやく。俺は、シッと麗美をたしなめたが、確かに変な人だ。
それから20分経ったが、彼女はまだトイレにいた。
その分、店を閉める時間も延びているので、麗美の機嫌も悪い。
「ウンコでもしてんのかなあ」
「おい」
「だって長すぎない」
「まさか、倒れてたりしないよな」
俺はとっさにトイレの前に行き、ドアをノックした。
「お客様、大丈夫ですか?」
何の返事もない。
ノックしながら「お客様」ともう一度言ったが返事がない。中の様子を伺おうと顔をドアに近づけた時だった。ドンという鈍い音と共にドアが開いた。
思い切りオデコを打ちつけた俺は、痛みと驚きで声が出なかった。
パステルグリーンの柔らかいシフォン生地のワンピースを着た彼女が、とても綺麗だったからだ。
「あっ、ごめんなさい」
俺が言葉を発せずにいるというのに麗美は、「お会計よろしいですか」と彼女をレジにいざなう。
そして彼女からお金を受け取ると「ありがとうございました」と言いながら、ドアを開けた。
小さく頭を下げた彼女は、そのまま小走りに去っていった。
その後ろ姿に慌てて「ありがとうございました」と言った俺の声は、届いていないようだった。
「変な人。7時までに終わらせて欲しいって言いながら、20分もトイレに籠るって訳わかんない。デートだか合コンだか知らないけど、あんな張り切ったカッコして来られたら男はドン引きだわ」
そういうイベントに無縁の麗美が、毒を吐く。
「それよりお前、今のお客さんの顧客カード書いてもらったか」
「あっ、忘れた」
まっ、もう来ることもなさそうだからいっかぁ。
俺は片付けを始めた。
休日を挟んでリフレッシュしたのに、今日も店は暇だった。給料日前の木曜だから、まあこんなものかもしれないけれど。
その時、店のドアが開いた。
ギョッとした。例の彼女が立っていたからだ。