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『青いパンクは女神のしるし』友貴朱音

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 2日しか経っていないのにまた来たと言うことは、クレームの可能性がある。俺はなるべく平静を装い「こんにちは」と言った。
「これにして欲しいんですけど」
 クレームではないことにホッとすると同時に驚いた。彼女が差し出した切り抜きが、青い髪をした男性アイドルだったからだ。
お金にはなるけれど、さすがに止めないとダメなやつだろう。
「2日前に染めたばかりなので、髪へのダメージが多少あるかと思うんですが」
 似合わないとは言えないので、やんわりと言ったつもりだが、彼女は頑として譲らなかった。 
「本当にいいんですね」
「はい」
 言ったな、本当に言ったな。美容師が髪をバッサリ切りたくて、うずうずしてること知らないな。
「恐れ入りますがカルテを作りますので、こちらにお客様のお名前とご住所を書いていただけますか。前回、お伺いするのを忘れてしまったものですから」
 俺は、顧客カードとペンを彼女の前に差し出した。
 彼女はそれをじっと見つめると、暗い表情をしたまま固まってしまった。
 名前や住所を知られたくない事情があるのかもしれない。
「後で結構ですよ。では準備しますので、切り抜きお預かりしますね」
 俺は顧客カードを諦めて、彼女を椅子に案内した。
 店の奥でカラー剤を用意していると、麗美が小声で呟いた。
「きっと失恋したんだよ」
 確かに30センチ近い髪をバッサリ切ろうとするなんて、ただ事ではない。
 前にもそんなお客さんがいた。
 彼氏からLINEで突然、別れ話を切り出され、後悔させてやるんだと言って、目一杯綺麗にして別れの場に向かった女性。彼女も店に入って来た時は、暗い顔だったことを思い出した。
 俺は、目の前に座っている彼女の心が晴れることを祈りながら、髪を切り始めた。
 今日も彼女は、鏡の中の自分をただじっと見つめていた。
 そして、青いショートカットが出来上がった時、その目から突然、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。俺は見ないふりをしたが、彼女の目からは涙が溢れ出した。
 マズいなぁ。
「急に短くなって違和感があるかもしれませんが、お客様は頭の形が綺麗だから、似合ってますよ」
 すかさず麗美がティッシュ箱を持って来た。
「私もそう思います。イメチェン大成功だと思います」
 彼女はティッシュで涙と鼻を拭きながら、小さく頷いた。
「あの……、写真、撮ってもらってもいいですか」
「勿論です!」
 麗美と俺が、またユニゾンで返事をすると、彼女は微かに笑った。
「あっ、でもその前にお化粧、直した方がいいですよ。バッグ持って来ますね」
 麗美がバッグを渡すと、彼女はトイレに消えた。
 なかなか出て来なかったが、麗美も文句を言わなかった。

 やっとドアが開くと、彼女は黒の囲みアイラインに真っ赤なリップと革ジャン姿で出て来たので、思わず「おぉ」と言ってしまった。
 彼女は俺たちの注文に合わせ、ロッカーみたいになり切りポーズを取った。それが結構サマになっていた。
「どっちがいいと思います?」
 彼女はバッグから一枚の写真を取り出した。そこには一昨日の巻き髪姿の彼女が写っていた。
「あっ、プロに撮ってもらったんですか」
「……遺影がないから」
「遺影だなんて」
 俺も麗美も冗談だと思って笑っていたが、彼女は笑っていない。
「もうすぐ治療が始まるんです。もしそれが効かなかったら」
 えっ。俺たちが言葉を失い戸惑っているのを察した彼女は、
「スキンヘッドの前に、パンクやっとこうと思って」と自虐的に笑った。
「……大丈夫、絶対に大丈夫。あなたは元気になって、またここに来ます。俺にはその姿が見えます」
「お兄ちゃん、あっ、この人私の兄なんですけど、お兄ちゃんには霊感があるんです。見えるんです、未来が」
 俺の咄嗟の嘘に、麗美も必死に合わせる。
彼女の顔が、ぱあっと明るくなった。
「……ありがとう。友達や家族には、逆に言えなかったから」  
 来た時より少しだけ元気になって、彼女は帰って行った。

 あれから3年が経った。
雪が降ると彼女を思い出す。真っ黒な服を着た女性が入口に現れると彼女を思い出す。なかなかトイレから出て来ないお客さんがいると彼女を思い出す。
麗美はヘアメイクの卵として働き始めたのでバイトを卒業。店には新しい従業員が増えた。
「店長、前から気になってたんすけど、このファイルに挟まってるピンナップ、何か意味でもあるんすか」
 藤沢君は、彼女が置いていった青い髪のアイドルの切り抜きを俺に見せた。
「それはお守り。いや違うな、お札かな、商売繁盛の」
「なんすか、それ」  
 藤沢君が爽やかな笑顔を見せた。
 男の俺が見ても、彼はイケメンだと思う。
 彼のお陰で女性客が増えたと麗美は言うが、本当は彼女のお陰だと思っている。青い髪をした彼女の写真がSNSでバズってから、客が増えたからだ。

 まさに「女神降臨」。

「そう言えばバイトの子、佐藤さんでしたっけ、遅いですね。店長、女の子だからって初日から甘やかしちゃダメですよ」
「わかってるよ」
 俺が答えたその時、店のドアが開いた。
「遅くなってすみません」
 慌てて入って来た彼女の髪は、青から金髪のウイッグに変わっていた。

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