出た、美容師泣かせナンバーワンのセリフ。
「例えばタレントさんとかでいますか、こんな髪型みたいな」
「いえ」
麗美がヘアカタログを手に「ご覧になりますか」と聞いたが、彼女は「いえ」と素っ気なく言った。一番困るタイプだ。
「パーマはどうされます?」
彼女は首を横に振った。
「長さは?」
「このままで」
腰まである髪をカットできないとなると、残すはこれしかない。
「カラーリングはどうしましょう。少し明るくすると雰囲気も変わりますけど」
麗美が今度は、小さな髪の束が並んだカラーチャートを持って来た。
「こんな色はどうですか? ブラウンだけど品がある色味なので、今の黒髪から変わっても違和感がないと思うんですよ。この後のご予定は」
「7時までに終われば」
「それまでに終わるようにします」
「なら」
なら大丈夫ということのようだが、「この色で宜しいですね」と念を押しておいた。後でクレームを言われても困るからだ。
俺が準備をしている間、麗美が雑誌を持って「どれにしますか」と聞いたが、彼女は「いいです」と素っ気なく答えた。
その後、カラーリングしている時もカットしている時も、彼女は無表情で真っ直ぐ鏡を見つめるだけだった。
やり辛っ。もしかしてスパイかと思ったが、同業者でもなさそうだ。
「学生さんですか?」
「いえ」
「じゃあ、この近所でお勤めとか?」
「いえ」
やばっ。ニートかもしれない。俺は自分が聞かれたら一番ウザいと思う質問をしていると思った。
だからこの後は、ただ黙って作業することにした。
相変わらず彼女は、鏡をじっと見つめていたが。
1時間後、真っ黒だった髪が明るいブラウンに変わった。心なしか刺々しかった彼女の雰囲気も、少し和らいだ気がした。
「前髪どうしますか?」
俺の質問に、想像した通りの返事が返って来た。
「お任せします」
言ったな、言ったよな。俺に任せるでいいんだな。
俺は長かった前髪をバッサリと切った。
するとキラキラとした大きな瞳が現れ、ドキッとした。この人、本当は可愛いのかもしれない。
俺はドライヤーで髪を乾かすと、熱しておいたコテを使って髪を巻き始めた。
普通の女の子がお姫様に変わる瞬間が好きだ。女の子だけじゃない。普通のおばさんが女王様に変わる瞬間も好きだ。見る見るうちに笑顔になって行く、魔法がかかる瞬間。
最後に軽くスプレーをして、クロスを外すと完了。