「……きもちい」
そう、無意識に言葉にするくらいには、リラックスしていた。その言葉を聞いた瀬尾さんはきっと笑っていたと思う。
「美容師明利に尽きます」
曖昧だが、そう返事をしてくれた気がする。
そこからが、本当に早かった。いや、特別急かされたとかそう言う訳では一切ない。とにかく瀬尾さんのはさみ捌きがとんでもなく早かった。
「髪は伸ばしていく方向でいい?」
「あ、うん。でも肩につくかな……くらいにはしたくって」
「了解」
こういう髪型にして、なんて注文はこれ以外特につけていない。それこそ本当に、髪質と骨格。あたしに合わせた、いわゆる似合わせカット。今までしたことがないので、正直どうなるか不安だった。気に入らなかったらやだな、と思ったり。
そこからものの数分。瀬尾さんはドライヤーとアイロンを持って来て、あたしの手に握らせると、セットのやりかたを順序良く丁寧に教えてくれた。実際あたしも手を動かしているので、できた感覚がちゃんとあった。
「こう」
「そうそう。藤吉さんのクセは、そうやると伸びるから」
そんなやり取りを繰り返す。ふと鏡に映る自分に驚いた。お風呂上がりに見る自分の髪の状態と違って、クセもボリュームも落ち着いている。
ワックスとオイルを混ぜてスタイリングすれば、束感がでてしっとりとした艶が出たことには驚きだった。本当に、今日は驚いてばかりいる。
「どう?」
急に少年みたいに笑う瀬尾さんが、鏡越しに見て取れる。上手く言葉が出てこないので、あたしはこくこくと頷いた。
似合うって、こういうことなんだ。
あたしはどうして、あんなにストレートヘアにこだわってたんだろう。ストレートヘアこそが万人受けして、万人に似合うと、そう思っていた。でも違った。
「瀬尾さん、すごくいい。これ」
サイドの髪の毛先に触れ、あたしは何度も横顔をチェックする。
段を入れられた毛先は、肩についている分の髪は自然と外にはねていい具合になる。アイロンが億劫だったら、そのままワックスとオイルをつけて馴染ませちゃえばいい。
可愛くて、ケアもスタイリングも簡単で。横着なあたしにはもってこいのスタイルだ。
「どうしてもってときは、矯正受け付けるよ」
瀬尾さんの言葉に、あたしは首を振った。
「その必要はないかも。でも次切るとき、また瀬尾さん、お願い」
あたしの『似合う』を見つけて引き出してくれた瀬尾さんは、魔法使いだ。その魔法の使い方を学んだあたしは、ストレートヘアに憧れていたあたしよりも、ちょっと特別な気がした。