「本当はさ。高校もここじゃなくて、美容師の勉強もできるところに行こうと思ってたんだけど」
「専門学校みたいなことろ?」
「そう。でも両親ともいろいろ話し合ってさ。高校は行っとくかって」
「なんで? やりたいことが見つかってるならいいと思うけど」
「うーん、まあ親には理由がいくつかあったみたいだけど。でも、美容師になるには技術の勉強はもちろんだけど、いろんな経験も必要だって。それこそ、高校の時に行った修学旅行とか、さ。なんか、そういういろんな体験もあったほうがいいんじゃねえのって、さ」
「ふうん」そんなものだろうか? 確かに宏美が通っている美容師のお姉さんも、いろんな話をしてくれる。
「でも、ちょっとでも早く美容師になりたくてさ。いま通信制度を利用して美容師の勉強もしてんだよね」
「え! 美容師って通信教育でもなれるの? 全然知らなかった」
「あ、座学だけね。知識の部分だからテキストで勉強できんの。もちろんスクーリングっていって、技術も必修だけど」
「そう、なんだ……」宏美はあっけにとられると同時に、少し恥ずかしくなった。後ろの席で授業中寝てばっかりとはいえ。坂口が自分の将来について考えて、ここまで行動しているとは思ってもいなかった。
「なんか……すごいね」宏美はポツリとそういった後、「私なんてさ」と続けた。
「高校卒業しても、別にやりたいことないし。とりあえず、大学には行こうと思ってるけど」そういって、鬱陶しい前髪を、また指先でつまんだ。
「島崎さんさあ」坂口は明るい声でそういって、宏美のまえに立ち塞がるようにぐるっと向き直った。
「前髪、斜めにしないほうが似合うと思うけどなあ。思い切って前髪あげてみたら?」
「あー、えっとね。子供の頃にちょっと事故にあってさ。こめかみのあたりに傷が残ってんの。それを隠してるっていうか、あんまり見られたくなくって」うつむきがちに宏美がそういうと、坂口はうーんと腕を組んで考えている。
「いや、絶対おでこ出したほうが似合うって!」
そうして、坂口は宏美が抵抗する隙も与えずに、前髪をそっと持ち上げくるりとねじる。ポケットからピンを取り出し手早くピンで止めた。その手の動きはさらりと自然で、マジシャンのように鮮やかだった。
「ちょっ、ちょっとやめてよ!」宏美が慌てていると「ほらー。似合ってるって」と鏡を手渡した。
「見てみなよ。斜めに流すよりもかわいいでしょ。それに、目線が上がるから、あんまりこめかみは気にならないんじゃない?」 そうして、坂口は「どう?」と覗き込むように宏美の反応を伺っていた。
「そう、かな? あ、でも確かに傷は思ったより目立たないかも。ってか、私が気にしすぎてただけか」宏美は少し照れたように笑ってみせた。すると坂口も安心したようにホッと息を吐いた。「良かったぁ。ちょっと、押し付けがましくてごめん」と照れたように笑った。
途中まで帰り道が一緒だということもあり、二人は並んで校門を出た。
「坂口君さ、なんで美容師になろうと思ったの?」宏美がそう尋ねた。「俺さ、年上の姉ちゃんがいるんだよね。二人も」と、話し出した。