「こらー坂口、28ページ開いてるかあ」
現国の森本が節をつけた言い回しで怒鳴る。しかし、名指しされた坂口亮平はハデに染めた頭をぼりぼりと頭をかいて「うぃーっす」とぼそぼそ返事をした。
「ったくしょうがないなあ。じゃあ島崎、代わりに、6行目から。ああ、立たんで良い」
……まただ。島崎宏美は「はい」と不機嫌そうに返事し、伸びてうっとおしい前髪を指で払いのけた。
「絶対におかしい。不公平だよね」
お昼休み、宏美はイライラしながらアップルパイにガブリとかぶりつく。高校三年のクラス替えで、初めて同じクラスになった坂口亮平のせいだ。一学期が始まったばかりなのに、あらゆる授業で「居眠りするな」と注意されている。坂口自身はなんとも思っていないのかぐうぐうと寝息を立ててばかり。しかし、不思議なことに先生たちは坂口の居眠りを厳しく叱ろうとしないのだ。どこか「あいつは仕方ない」として見過ごしているようにすら感じられる。そうして坂口の席が一番後ろにあるせいで「じゃあその前の島崎」と代わりに指名されるのだ。もちろん、坂口が起きるまで粘る先生もいるし、通路を挟んだ両隣のどちらかが被害を被ることもある。
しかし、坂口がヒイキされているんじゃないかという疑惑を宏美はクラスメイトに聞くこともできずにいた。高三にもなれば、仲の良いグループみたいなものが事前に形成されている。もたもたとしているうちにその輪に入れずにいた宏美は、一人で過ごすことが多かった。どうせあと半年もすればクラスは受験一色になる。無理に話を合わせてもしんどいだけだと、宏美は多少の疎外感を感じながらも、マイペースを貫くことにした。
どことなくクラスで浮いた存在なのは坂口も同じだった。クラスメイトと仲良く接しているし、他のクラスの女子からも話しかけられている姿を何度か見ている。それなりにかっこいいし、人気もあるように見える。しかし、特定のグループでだべっている様子もないし、放課後もさっさと帰ってしまう。塾に通っているふうでもなさそうだ。あらかたアルバイトに精を出し、授業中は体力温存とでも考えているのだろうか。
「ま、困るのは坂口自身、だしぃ」
そう思い、宏美は飲み干したコーヒー牛乳の紙パックをぐしゃっと握り潰して、ゴミ箱へ捨てた。
「じゃあ、ここまでのノートを集めて提出するように」
世界史の田中が甲高い声で声でそういった。「せんせー、まだ書き終えてないんですけど」とブーイングのような声がちらほらあがる。
「お? じゃあ放課後、集めて持ってこい」田中先生はそういって、今日の当番、島崎と坂口。悪いけど頼むなと、黒板の右端に書かれいた二人の名前を指名した。
宏美の背中がちょんちょんと突かれる。
「何?」ひろみがそうして振り返ると、坂口が拝むように手を合わせている。「島崎さんさ、ノートとってるでしょ? ちょっと見してくんない?」と申し訳なさそうな口調だ。宏美は大げさにため息をついてから、「いつも寝てるからでしょ?」とノートを乱暴に渡す。ふわりと顔にかかる前髪が鬱陶しくてイラついた口調になってしまった。その様子に坂口は申し訳なさそうに「島崎神様。助かります、まじで」と大げさに拝むようなそぶりを見せた。