放課後、宏美と坂口はクラスみんなの世界史のノートを抱え、職員室までとろとろ歩く。すぐ目の前に坂口が歩いているものの、何か話しかけるべきか宏美は悩んでいた。すると、坂口は振り返って、ほんの少しためらったような様子の後「島崎さんってさあ」と切り出した。
「前髪、伸ばしてんの?」
「へっ?」思いもよらない質問だったので、宏美はおかしな返事をしてしまった。
「よくさ、うっとおしそうに斜めに払いのけてるでしょ? 伸ばしてんのかなあって」
「あー、うん」意外なところを見られていて、宏美はびっくりした。けれどその様子を気取られたくなくて、慌てて言い返す。
「坂口君こそさあ」
「うん」
「授業中、ずうっと寝てるよね? プリント後ろに回すときいつも寝てるから、すっごく困る。頭の上に置くわけにもいかないし」
宏美がそういうと、坂口はぶふっと吹き出した。バランスを崩してしまい、抱えていたノートを落っことしそうになって「やべーやべー」と慌てている。
「悪りぃ。そんなに寝てるつもりじゃねえんだけどなあ」
たははと笑いながら、申し訳なさそうな坂口の様子に、宏美もつられて笑ってしまった。
「あんま寝てばっかだと、テストで赤点になっちゃうよ?」ほんの少し諭すような口調になってしまい、宏美は少し後悔した。急にえらぶってしまった気がしたからだ。けれど、坂口は全く気にした様子もなかった。
「赤点で、追試受けてる時間ねえからなあ」と、ひとり、何やら考えている様子だった。
「よしっと。出席してた全員分あるな」
世界史の田中はノートの冊数を数えた後、二人に「ありがとな」と言いながらチョコレートの包みをそれぞれに渡してくれた。
「当番とはいえ、若人の貴重な時間を割いてもらったからな」とお駄賃のようなものらしい。田中の隣には二人のクラス担任でもある現国の森本が席があった。
「おい、坂口。お前ほとんどの教科で寝てばっかりだと聞いとるぞ。夜遅くまで頑張ってんだろうが、せめて授業はちゃんと聞け」森本は椅子の背もたれにぐいっと体重を乗せて、坂口を説き伏せるようにいった。
「うぃっす。あ。分かんないとこがあれば、島崎さんが教えてくれるんで、大丈夫っす」と坂口はおちゃらけた様子でペコリと頭を下げた。宏美は「えっ? そんな約束してないじゃん」と慌てて抗議した様子がおかしかったのか、坂口も、先生たちも声を上げて笑っていた。
失礼しましたーと、挨拶をして二人は職員室を後にした。
「あのさ……坂口君て、夜遅くまでバイトしてんの?」二人で並んで廊下を歩きながら、宏美は坂口を見上げるようにして尋ねた。
「何? 気になった?」
「うん」宏美は素直にうなずいた。先生も公認ってことは、何か訳ありなのだろうか?
「俺さあ、高校卒業したら美容師になるって決めてんだ。で、夜はその勉強してんの」坂口は、恥ずかしい様子もなく、キッパリとした口調でそういった。