思春期の僕らにとって、この美容室は未成年の BAR だったのかもしれない。
髪を切ってもらいながら 2 ⼈きり、不思議な親近感で親にも友達にも話せないことを話していたんだと思う。
お店の前を通り過ぎてからもずっと、
VOGUE のこと、ジュンさんのことを思い出していた。
18歳で地元を離れて10年、ほとんど実家に帰ることもなくこの街の⾵景を思い出すこともなかった。
最近はずっと仕事か寝るか酒飲むか、⽣活には空気の⼊れ替えを⾏うような隙間が全くなかったし、そう仕向けていたのも⾃分だと気付いた。
東京に帰る⽇曜⽇の朝、もう⼀度 VOGUE に⾏ってみることにした。
⽊⽬調のアイボリーでまとめた外観、⼤きなガラス張りの⼊り⼝。これこれ。
変わらぬ懐かしさで思わず顔がにやけた。
ドアを開けると、ジェルで髪をキチっと固め、⿊ブチ眼鏡にヒゲをしっかり蓄えた別⼈のジュンさんがいた。
あの頃のじゅんさんは茶髪にくしゃっとパーマの⾊気お兄さん、僕たちの兄貴。
それが今じゃ千駄ヶ⾕あたりで美味しいカレーでも出しそうな出⽴ちである。
それでも僕を⾒て
「久しぶり」
そう⾔って笑うと垂れ⽬になる顔は 10 年前のジュンさんだった。
「いまは店⻑やってんだ。」
相変わらず落ち着く声だ。
あの頃ぼくらはオシャレがわからず、⼥⼦の⼼がわからず、友達にはちょっとだけ聞きにくい恥ずかしいことを皆んなこっそりジュンさんに聞きに
⾏っていた。
それはさながら僕がいま東京で通う BAR のようだ。
不思議だ。
僕はもう学⽣服じゃないし、上京してからずっと⼀緒だった彼⼥とも先⽉別れた。
いろんなことの時間はこんなにも経っているのに、ジュンさんは同じ暖かさなのだ。
僕はあの頃のように椅⼦に座り、鏡で向かい合い、髪を切ってもらっている。なんだか涙が出そうになった。
僕は⾔った。