「佳代、もう少し話を聞きなさい。黒が好きじゃないかもしれんよ」
「え、でも黒って」
はぁっとため息をついたミツ江は、そばにあったファッション誌を手に取った。ぱらぱらとめくり、あるページを見つけると、ヘアクリップを挟んで佳代に手渡した。
佳代がそのページを開くと、そこには一見すると黒髪のようだが、その光沢に絶妙な色味を感じさせるヘアスタイルにしたモデルたち。たしかに、これなら少し明るい地毛と見せながら、自在に雰囲気を作れそうだ。
佳代がそのページを女性に見せに行くのを、ミツ江は黙って眺めていた。
目の前の美咲に、佳代は切り出した。
「美咲ちゃん、次のお仕事は何?」
「え、いま面接まで行ってるのはウェディングドレスのフィッティング係ですけど」
それを聞いた佳代は少し得意げになる。
「そう。それじゃあまり堅くはないのね」
美咲は頷いた。
「美咲ちゃん、明るい髪色、とても似あっとるよ。ホントはこんな色の方が好きなんでしょ」
黙っている美咲に、佳代は構わず続ける。
「黒ベースだけど、表面にベージュがかったハイライトを入れて、明るいイメージは残そうか。次の仕事も美咲ちゃんらしくいかな」
美咲はそれを聞くと、目に光を宿らせた。佳代にはそれが、かつてファッション誌のページを見せた若い女性の表情と重なって見えた。
しばらくして佳代はカラー剤を塗り始めた。そのときふと美咲が口を開く。
「おばさんって、その人にどんな髪型や色が似合うのか見抜くの、すごかったですよね。ああいうのも専門知識ですか?」
その言葉に、佳代は苦笑いしながら答える。
「いや、あれは勘」
「え、学校で習ったとかじゃないんですか」
「母が学校で習った髪型なんて、古臭すぎん?」
「あ、たしかに」
美咲もそれには苦笑した。
「母はようテレビを見る人だったから。今思うと、あれは有名人の髪型を見とったんかも」
「ずっと勉強を続けてたんですね」
「そうねえ」
佳代は手を動かしながら、在りし日の母を思い浮かべていた。
その日、佳代とミツ江は食事をしながらテレビを見ていた。ミツ江が音楽番組に出演中の
3人組アイドルを、食い入るように見ている。
「この真ん中ん子・・・」ミツ江が続ける。
「すぐピーピー泣いて喚くけえ、うるそうてかなわん。それより右におる子の方がよっぽど頑張っとるのに、なんでセンターじゃないんじゃ!」
佳代はこのやり取りを思い出して、カラーを塗る手が少しゆるんでしまった。
「いやぁ、ありゃやっぱりただのテレビ好きだったかも」
だが佳代はすぐに気を取り直す。