白く眩しいブティックのような店はドアを開けると真紅のバラを活けた大きな花瓶がぽつんとあり、広々としていた。その広さが「選ばれた方をお迎えする場所です」と暗に告げているように思えて入り口で退散。
裏通りにある小さな店は営業しているのかしていないのか謎だし、店に入ったとたん「何じゃあその頭は!」と職人気質のおじいさんに怒鳴られそうな気がして目を伏せた。
初見で美容室に入るというのはなかなかにハードルが高いと思い知り、疲れたころにその店はあった。
それほど大きな店ではないのに目についたのは大きなガラス張りの窓越しに見える観葉植物の鮮やかな緑色に吸い寄せられたからだ。
「花屋さん……じゃないよね?」
看板には店名を示すSで始まる流れるような筆記体の文字、その下に表示されている料金表にはカット、パーマ、カラーの文字が並んでいる。間違いなく美容室、しかもカラーとカットをお願いしても一万円札でお釣りがくる値段だ。
「よし!」
ここに決めた、と店内に足を踏み入れると大きな緑色の手を広げたような観葉植物が迎えてくれた。幼稚園児が大胆に鋏を入れたような切り込みを持つ大きな葉の迫力に一瞬たじろぐ。なんたる大胆なカッティング。
天井に吊り下げられた鉢から伸びる細い茎には丸い葉が踊るように揺れている。まるで前衛的なオブジェだ。壁や天井が白い分、緑が強く感じられて、くらくらする。
「いらっしゃいませ。本日はいかがいたしましょう」
男性の声にびくりと体が跳ねた。
「カ、カットとカラーリングを」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
枯葉積もる秋の終わりの公園を思わせる色の床を踏みしめシャンプー台へと歩く。前を歩くのは白いシャツに黒のパンツ、鋏だのなんだのを突っ込んだ腰ベルトを巻いているどこから見ても美容師の男性だ。疑いの眼で探り見たが、緑の妖精でも芸術家でも園芸家でもなさそうだ。
低いボリュームで流れる音楽、目を開ければとびこんでくる緑。その中で濡れた髪のまま鏡の前に座らされた私は、緑溢れるジャングルの中で雨に打たれてしょぼくれている派手な動物のようにしか見えない。
奇妙な色の髪も奇抜なメイクも恥ずかしくない、見られるために今日までずっと頑張ってきた。それなのに今は見られることが恥ずかしい。
なぜ私はこんなオレンジ色の伸びっぱなしの髪で人前に出ていたんだろう。林野さんの似合っていない、という感想は真実だと泣きたくなった。
「長さはどうします?」
とりあえず人間に戻してください。髪色も髪形も誰からも好印象を持たれるようにお願いします。そんな気持ちをこめて「うんと短いショートにして下さい。あと、髪の色も黒か茶色か、落ち着いた色に」とオーダーした。
「落ち着いた色、となるとこのあたりになると思いますが」
差し出された色見本を食い入るように眺め、考える。似たようで違うたくさんの色。
どんな色に染めたところで私が変わるわけじゃない、変われるわけじゃない、でも第一印象は大事。似合う似合わないの問題もある。素敵だと思われるのはどの色なんだろう。