「似合いませんか?」
似合わないね、と素っ気なく言われてうつむいた。
「この間のお仕事ってみゆちゃんのみんなでやってみよう!のチャレンジ企画でとうもろこし一本に粒がいくつあるか調べて平均値を出すってやつだったよね?」
「そうです。白衣を着せられちゃったから、目立ちようがなくて」
「目立たなくていいんだよ。ああいうのは目立っちゃダメ。空気、読もうよ」
空気は読み物じゃねーよ、吸うもんだよ。そう叫びたくなったが「はあい」とバカみたいな返事をしておいた。
努力しろ他人と同じじゃダメだ、存在感ないよ、もっとアピールしなさい、みんな簡単に言うけれど、頑張って痩せても、もっと細くてスタイルのいい子なんてうじゃうじゃいて、メイクを頑張ったところでもとから可愛い子には敵わない。ならば個性と言う名目の「悪目立ち」するしか残された道はない、そう思ったけれどそれもダメみたいだ。
「とにかく、髪は黒とか茶色とか普通の色にして。ドッキリを仕掛ける店にいる客、再現ドラマの通行人の役、あとチラシのモデル、どれも目立つ必要ないから。わかった? 了解ならスケジュール、送るよ」
誰でもいいけれど誰か必要、そんな役どころですね。そこに茅野千穂である必要はまるでない。
「お願いします。がんばりまーす」
ミートソースのパスタを完食して、サラダもきゅうり一枚残さず食べて、こんな気持ちでもやっぱり生クリームたっぷりのケーキはふわふわと甘かった。
「まあ……その元気? へこたれないところ? そこが茅野ちゃんのいい所ではあるけど」
林野さんのスマ―トフォンが鳴る。林野さんは私のマネージャーってわけじゃない。私のような子をたくさん抱えている。
「じゃ、よろしく。あと、髪、すぐに染め直して」
「でも、お金が」
「あとで領収書を出して」
あっさり一万円札を渡されやったね、と叫びそうになったが先に釘を刺された。領収書を渡さなくてはならないなら、自分で染め直してお金を浮かせ、残りを食費に回すわけにはいかない。
ばたばたと去っていく林野さんはコーヒーを半分も飲んでいないし、以前会った時よりもおでこが広くなっているように感じた。
「中年の悲哀ってやつか……」
一万円も使えるならちゃんとした美容室へ行こう。前髪を自分で切るようになって何年たつだろう。そろそろちゃんとカットしてもらった方がいい。
「よし」
ファミレスを出たらそのまま美容院へ行こう。おしゃれな店でいい感じに仕上げてもらおう。
その決心はすぐに鈍る。
黒が基調のインテリアで高級そうな店は、銀色のプレートに彫り込まれている店名がフランス語か何からしく読み方がわからない、なにより値段がわからないという理由で通り過ぎた。