「よし、お待たせー。それじゃあ切ってくね」
「よろしくお願いします」
鏡越しに目が合い、またヒライさんはにっこりと笑って見せた。
前回髪を切ったのは、確か去年の夏ごろだった気がする。美容室に行くか行かないかの基準としては、シャンプーやドライヤーが面倒になってきたか、枝毛が増え始めたかどうか。今回はその両方の基準を満たしたのだ。
「前回から大分空いてるけど、髪の毛の量また増えたね。量減らした方がいい? それともそのまま?」
「あー、出来るだけ少ない方がいいです」
「りょーかいりょーかい」
ジャキジャキと大きく鋏を入れられる感覚が頭皮に伝わる。
「染めたりとかはしないの? 肩くらいだと、例えば内側だけ色入れるインナーカラーとかしたら絶対可愛いと思うけど」
「そうですね……うーん、あんまり考えたことなかったです」
染めたいと思ったことがないから黒髪にしているだけだ。
「え、ちょっとこの辺だけでも染めてみない? この、一束だけとか。絶対可愛くなるって!」
髪を切る手を止めて、ヒライさんは私の耳の上あたりの髪を一束だけ取って見せた。
えー、とか、あー、とか唸っている間にもヒライさんはカラーサンプルまで持って来て、確実に染める方向に話が進んでいっている。地味に、目立つことを避けて生きてきた私が髪を染めるなんて、私からは絶対に出て来ない考えだ。
「俺的にはピンクとかグレー系がおすすめかなー」
「あー……」
色とりどりの髪の毛が一束ずつ並んだサンプルを持ってきたヒライさんは、私の曖昧な返事に、更に付箋のついた雑誌を開いて見せた。
「ほら、インナーカラーだとこんな風に耳に掛けたときとかにチラッと見える感じ。めっちゃ可愛くない? 色落ちしたらまた色が変わってくるけど、おすすめ」
雑誌の中のモデルさんは、肩口で切り揃えられた髪を片方だけ耳に掛けていた。そしてそこから覗く紺青の一束の髪の毛。
……お洒落だとは、思う。
私があんまり気乗りしていないのを感じ取ったらしく、ヒライさんは根気強く食い下がる。
「初めてだし、ブリーチしないでやるんだったらあんまり目立たないよ。ブラウン系とかにしたら派手じゃないし」
そうして鏡越しに期待の籠った瞳で見つめられれば、「NO」と言えない日本人の典型である私に残された道は一つしかないのだ。
「じゃ、じゃあしてみよう、かな……」
あぁ、頷いてしまった。
「オッケー! 色はどうする?」
「えっとブラウン、系?」
「ブラウン系、いいね。あんま明るくない方がいいよね?」
「そう……ですね、はい」