三人の中で一番私の精神衛生に良いのがタダさんだ。その髪色に反して雰囲気が一番穏やかで、話しやすい。
「今日はヒライが担当になります」
「あ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
他のお客さんの対応をしていたヒライさんがにっこりと笑って、私は鏡台の前に案内される。
「今日はカットの予定だけど、どんな感じにしたいとかある?」
その質問はシミュレーション済みだ。
「肩くらいまで切ろうかな、と」
「お、結構バッサリいくんだ。今ボリュームある感じだもんね。どれくらい? これくらい?」
「そう、ですね。はい」
二、三質問されて、特に髪型にこだわりのない私は曖昧な返事を返した。
シャンプー台の椅子に座って、小さく落胆している自分に言い訳する。
決して、決してヒライさんが嫌いなわけではない。チャラめだけどいい人だし、明るく話しかけてくれる。きっと美容室で出会わなければ私の人生において決して交わらないタイプの人。それが私の率直な印象だった。きっと向こうもそう思っているだろうな、やりにくい客だと思われてるだろうな。そう思うと、すごく申し訳なくなる。
「椅子倒すね」
「はい」
ゆっくりと傾いていく椅子。後頭部を支えられ、目元を隠す和紙のようなものをおでこに貼られると、視界はほとんど白になった。
「お湯、熱くない?」
「全然、大丈夫です」
気持ちいい温かさだ。どうして美容室のシャワーって家のシャワーよりも気持ちよく感じるんだろう。やっぱり良いシャワーヘッドを使っていたりするからだろうか。
後頭部の髪を洗うために頭を持ち上げられる。昔は「重いだろうから」と気を遣って多少自力で頭を上げたりしていたけれど、以前テレビ番組で美容師さんが「それをされると逆にやりにくい」と言っているのを見てからは全体重を委ねるようにしているのだ。
気持ちのいいシャンプータイムが終わると、今度はまた鏡台の前に移動する。あのビニールで出来たクラゲのようなものに腕を通して、鏡と対峙する。髪が濡れて、ビニールクラゲを着るといつもの自分の顔がより太って見えるから、あまり鏡は見ないようにする。
ヒライさんは「ちょっと待ってて」と断りを入れると、他のお客さんのドライヤーに行ってしまった。少しの待ち時間。
鏡台に置かれたいくつかの雑誌に手を伸ばして無意味にパラパラと捲ってみるけれど、特に興味が惹かれるものはない。早々に雑誌を元の位置に戻して、あまり見ない様にしていた鏡をチラリと見た。丸っこい顔が少しでも見やすくなるようにと、無駄な抵抗だと分かっていても横髪と一緒に撫でつけられていた前髪を元に戻す。