「……っす」
「もっと似合う形があるはず。探そ」
注文を即座に却下され気落ちした章太郎も、次々にタブレットに表示される格好良い髪型を見ていくうちに、元気が出てきた。なにより、熱心に考えてくれる百合香が嬉しい。「これとか」「いいすねえ」「これは」「ちょっと短すぎ、かな」
「よし、こんな感じでいこう。覚悟はいい」
「はいっ。お願いします」
洗髪が仰向けなのに驚いて、シャンプーがとても良い香りなのに驚いて、百合香の流麗なハサミ使いに驚いた章太郎は、興奮して饒舌になっていた。
「百合香さんは初めて美容室行ったのいつですか」
「物心ついた頃には母さんと一緒にやってもらってたかな。そっか、今日が君の美容室デビューか」
「最初めちゃくちゃ緊張したす」
「これから、モテちゃったりするかもよお」
田島さんを想う。英語の発音がうまくて、音読を終えて皆から囃し立てられた時の、照れ臭そうに笑ったあの顔。
「俺、6位なんす」
「6位」
「クラスのイケメンランキングっての、女子が隠れてつけてて。偶然それ見つけちゃって」
「ああ、そういうのあったわあたしの時も。6位って結構いいんじゃないの」
「正直、嬉しかったす。まあまあやるじゃん俺もって」「ふふふ」
「だけど、あの、実は気になってる女子がいるんすけど、その子がランキング作るの参加してたみたいで、それがなんかショックで。残酷じゃないですかそういうのって」
百合香が動きを止めた。不安になっていると、彼女はハサミを置き、嬉しそうに章太郎の肩を揉みしだいた。
「いい。いいわあ。『気になってる女子』なんて言葉、何年ぶりに聞いたかな。ああ、青春してるのね君は。青い春っ」
バカにしてる。章太郎はムッとしたが、カットに戻った時に彼女がとても優しい表情をしていたのですぐ許した。
「ランキング、べつに、発表してだれかを馬鹿にしたりとかではないんでしょ」
「はい。絶対言うなって口止めされて」
「だったら気持ちわかるな。そういう時期って誰にでもあるよ。無邪気で残酷でくだらなくて。よし、完成。ワックスつけていい」
「はい」
初めての整髪料はマスカットの香りがした。
「大事なことはね、どーんと構えること。ショック受けるのもわかるけど、勝手に失望されたらその子も可哀想よ。色んな人がいて、色んな事情があったりするもん。それを広い心で受け止めるの。自信持ちな、こんな素敵になったんだから。一丁上がりい」
あ、変身した。というのが、最初の感想だった。束感のあるショートヘアは無造作に跳ねて軽やかだ。ちょっと気恥ずかしいけど、満足だった。
「おお。つんつんしてる」
「ワックスを全体に馴染ませて、ねじってあげるの。やり過ぎちゃダメよ。パンクバンドになっちゃうから」
「このワックス、買えますか」
「高いよ。3500円」
「やめます」
「うふふ。コンビニに安いのあるし、なにもつけなくても平気よ」
会計を終え、ポイントカードを渡された。これが満タンになった時、もっと大人な男になれてたらいいな、と章太郎は思った。