赤白青の螺旋に少年は見入っている。顔を近づけてポールに囓りつくようにしている彼に、会計を終えた母親が声をかけた。
「章ちゃん、行くよ」「はあい」
「あれ好きね。ぐるぐる」「うん」
頭はすっきりするし、漫画読めるしグミもらえるし。顔そりはくすぐったくて苦手だけど、僕は床屋が大好きだ。大人になってもここに来るんだ。三杉章太郎の淡い決意は、その9年後に潰える。中学生になった彼は、もったりとした思春期の真っ只中にいた。
ピンク色の紙を、章太郎は手にしている。そこには「2ーB男子イケメンランキング」なるものが記されていた。自分の机のすぐ傍の床にひらりと落ちていたから、隣の席のエリが書いたものかもしれない。まったくくだらない。ふふふ。
にやけてしまうのは、自分が6位にランクインしていたからだ。クラスの男子は19名なので、まずまずの結果だと言えよう。
「あっ。ちょっと、見ないでよっ」
近づいてきたエリが、乱暴に紙をふんだくる。
「納得できない。修二が2位で俺は6位なんて」
嘘をついた。幼馴染の修二は可愛らしい顔で成績優秀、サッカー部では大活躍。性格も朗らかで、クラスの人気者である。それに比べてルックスも勉強も中の下、陸上部に所属しているが、走ることしか脳がない章太郎。6位なら大健闘だと、自分を褒めてやりたい。1位を獲得した皆川夏来は舞台女優を母にもつお坊ちゃんで、大人しい性格だが顔立ちは見事だ。こりゃなかなか信用に値するランキングだと、章太郎は感心していた。
「内緒だからね」
「修二に言っちゃおうかなあ」
また嘘をついた。今、章太郎は彼とは気まずいから、言うつもりなどない。修二に惚れてるエリを、からかいたくなっただけだ。
冬休みの書き初めの宿題が教室の後ろに張り出された時、章太郎は「青空」を見上げ大笑いした。修二の作品だ。「青」の横線は波打ってるし「空」な んて病気のモルモットみてえだ。親しみと優越感を携え、修二の席へ駆け寄 った。
「お前、名前はシュウジなのに習字下手だな」
うるせえよばあか、という期待していた反応ではなかった。修二は体を硬直させ、俯いてしまった。章太郎がどぎまぎしているとやがて顔を上げ、きっ、と睨んで言った。
「章ちゃんとは、もう話さないから」心臓が嫌な音を立てた。
違うんだよ俺はなんか嬉しかったんだ。ひとつぐらい苦手なことがある方が絶対いいよ。そう言いたいはずなのに言葉が出ない。頭に血が上る。
「ああ、そうかよ」と強がるのが精一杯で、章太郎はその日を陰鬱な気分で過ごした。以来ふたりは絶交したまま、もうひと月になる。
他言しないことを条件にエリから聴取したところによると、ランキングに加担したのは7名。その中に、憧れの田島さんがいたことに驚いた。人の容姿を順位付けするなんてことをあの、あの優しい田島さんが。失望感が、にがい。