「みんな、三杉は髪型が子供っぽいって言ってた。あはは」
章太郎はその日の下校中本屋に寄り、メンズヘアカタログを購入し、貪るように読んだ。
美容室に行こう。だけど流行りの店は抵抗がある。ガキが背伸びして、と思われるのは癪だ。母親の通ってるとこを紹介してもらうのも照れ臭い。
「あいつはどこで切ってんだろ」
修二の顔が浮かぶ。少し長めの前髪。床屋で「いつもと同じ」しかしたことのない章太郎はその夜、髪の毛の波に溺れる夢を見てうなされた。
数日後、土砂降りの雨の中を章太郎は駆けていた。午後の部活中に空がぐずつきだして中止となり、傘がないので鞄をごみ袋で包み、走って帰宅している。交差点に差し掛かった時、自宅まで通じる大通りの入口に看板が立っているのが目に入った。工事中。ご迷惑おかけします。
「こんな時にっ」
遠回りになるがひとつ先の路地へ入る。久しぶりに通る道だった。雨で視界は悪いが、パン屋やカフェが新しくできているのが見えた。一軒の店の前で、章太郎は急停止する。
「カフカフ……」こういう店ならいい。派手すぎず落ち着いた感じ。ここなら同級生に鉢合わせする危険性も低い。白のレンガ壁に、赤く刻まれたカタカナを読み上げた直後、中から女が出てきて、章太郎に気づき目を丸くした。
「うわずぶ濡れ。君、ちょっと入りな。タオル貸したげる」
美容室カフカフへ足を踏み入れた瞬間、大きなくしゃみが出た。
「北中かあ。あたし南中」
「そうすか」頭を拭きながらの会話。章太郎はタオルそのものにも感謝していた。おねえさんの目を見ないで済むから。
「何歳」「14す」
「一回り以上年下だっ。おばさん羨ましいよ」
全然おばさんじゃないす。という言葉を飲み込んで、愛想笑いをするにとどめた。シニョンにした髪は艶があり、耳たぶの大振りのピアスも洒落ている。少し垂れ目で痩せていて、少年がちょっと憧れちゃうようなオーラが、彼女にはあった。
「美容室入るの、初めてす」
「ああ、普段は床屋さんか」
「このお店って、値段高いですか」
「ぜーんぜん。カットだけなら2500円。え、もしかして来てくれるつもり」
「はい。雰囲気いいすもん」おねえさんも、いいすもん。
「嬉しい。あたしに担当させてね。いつがいい?」
予約を金曜日の夕方にして、傘を借りて章太郎は帰宅した。大人の仲間入りをしたみたいで、気分が良い。なけなしの3千円をカタログにそっと挟んだ。夜眠る時、一瞬、おねえさん改め難波百合香のやらしい格好を想像してしまい、罪悪感にかられた。
ファンである歌手の画像を見せると、百合香は眉を顰めた。
「この髪型は君にはまだ早い。先生に怒られるよ」