「倒しますね」というお姉さんの声とともに椅⼦がゆっくり倒れていき、顔に布をかけられる。この布は果たして何⽤なのか。 顔に⽔がかからない為なのか、倒されたブサイクな顔を美容師さんに⾒られない為なのか、逆に美容師さんが下からのブサイクな顔を客に⾒られない為なのか。普通に考えれば顔に⽔がかからないようにする為の物なのだろうけれど、布がかけられない状態でシャンプーされてる姿を想像して少し楽しくなってきてしまう。
どこかには顔にタオルをかけない美容室もあるのだろうか。
もしあるのなら。私は多分笑うのを必死に我慢してニヤけた気持ち悪い顔をシャンプー中晒し続けることになってしまうと思うので、今後も私の顔にはタオルをかけ続けて欲しいと思う。そんなくだらないことを考えている間にシャンプーは終わり、倒れた椅⼦がゆっくりと起き上がっていく。
濡れた髪にタオルが巻かれ、再びお姉さんに案内されながら先ほどの鏡の前の席へと戻った。
「今⽇は美容室がお久しぶりとのことでしたけど、普段はお仕事忙しいんですか?」お姉さんが濡れた髪を梳かし、ブロッキングしながら聞いてくる。
「あー・・・まぁ、そうですね。」
私の煮えらない返事にお姉さんは少し不思議な顔をする。
どうしようか悩んだが、初対⾯だからこそ⾔えることもあるか、と思いありのままを伝えることにした。
「実は、忙しくて休みもほとんど無いような会社でずっと働いていたんですが、会社の倒産が決まって昨⽇急にクビになってしまって。」
⾃分で⾔って、⾃分が無職だという現実に少し傷つき、無職なのに美容室にいる資格なんてないのではないかと急に不安になる。余計なこと⾔わずに、やっと休みが取れて、くらいで終わらせとくべきだったか?しかも初対⾯の客にいきなりそんな重たいカミングアウトされたってお姉さんだってなんて返せばいいか困るだろう。
⾃分の発⾔に早速後悔していると、お姉さんから予想外の⾔葉が聞こえた。
「それはよかったですね!!」
こういう時は⼤抵同情され、気まずい空気になると思い込んでいた私は、お姉さんの明るい声に拍⼦抜けし、「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
私の間抜けな反応を⾒てお姉さんはハッとし、謝罪してきた。
「すみません!お仕事無くなって⼤変なのによかっただなんて失礼なことを・・・」
「あ、いえ・・・。あの・・・よかったって、どう⾔う意味か聞いてもいいですか?」
怒っているとかではなく、私は純粋に何故このお姉さんからそんな⾔葉が出たのか、興味があった。
お姉さんは私の髪を少しカットしながら、お姉さんの過去について教えてくれた。
「私、⾼校卒業して就職した先がブラック企業で、それこそ休みもないし、朝から夜まで働かされて、たまの休みは疲れて何もできなくて、⼈間としての最低限の⽣活すらもできてなかった時期があるんです。ある⽇⾃分の中の⽷がプツっと切れてしまって、会社に⾏けなくなってしまったんですよね。朝起きて、仕事に⾏こうとすると⾜が動かなくなるの。」
お姉さんはその後病院に⾏き、医師からの指⽰で翌⽇から仕事を休むことになったそうだ。