「最初はね、少し休めば体⼒も戻ってすぐに仕事に戻れるって思ってたの。ほら、問題の最中にいる時って、それが問題であることにすら気づけないこともあるでしょう? だけど、休んでる時は平気なのに仕事のことを考えると動悸や吐き気がして、とにかく体がSOSを出すの。病院の先⽣にまずは仕事のことを忘れて⾃分が楽しいと思うことをしなさいって⾔われて、初めて⾃分が何を楽しいと思うのかを考えた時に、そう⾔えば学⽣時代に髪を染めることに憧れたまま、⼀度も挑戦できてなかったことをふと思い出したんです。それですぐに薬局に⾏ってブリーチを買ってきたの。初めてだから何もわからないけど、お⾦はないしとにかく早く変わりたくて、1 番明るいブリーチを買って浴室ですぐに脱⾊した。」
「すごいですね・・・」
「若かったからね、⾏動⼒だけはあったのかな。 初めてのブリーチはムラもあるし私の髪は⾊が抜けやすいから想像以上に真っ⾦⾦で褒められた物では無かったけど、⽬に⾒えて変わった⾃分の姿になんだか気が抜けてしまって。髪の⽑の⾊と⼀緒に⼼のいろんなドロドロが全部⼀緒に流れたみたいにスッキリしてて。その⽇に会社に辞表を提出して辞めたんです。」
お姉さんはその後、誰かの⼼のモヤモヤをスッキリさせるお⼿伝いがしたいと、美容専⾨学校に⼊学し、美容師として今⽇まで働いているらしい。⾃分で⾃分のSOSに気づき、⾃分の⼈⽣を変えた。私は素直にこの⼈が羨ましいと思った。
「私は体が限界を迎えるまで気づけなかったから、会社の⽅から⽌めるきっかけをくれたことは有難いことだと思いました。だけど、仕事をなくした直後の⽅に仕事がなくなってよかったです根は不謹慎すぎますよね。失礼しました。」
お姉さんは丁寧に⾃分の発⾔の理由を伝え謝罪してくれた。
「気にしてません。それより、あの・・・途中で申し訳ないんですが、注⽂を変更していただくことはできますか?」
「完成しました、いかかでしょうか?」
お姉さんが後ろに鏡を持ち全体像を⾒せてくれる。
肩上までバッサリと切られた髪は随分と私の印象を変えていた。
最初は軽く整えてもらうだけの予定だったが、お姉さんの話を聞いてバッサリと切りたくなった。こんなことで何かが変わるかはわからないけれど、私も変わりたいと思った。
「すごく素敵です。私、お姉さんに今⽇会えてよかったです。」
私の⾔葉にお姉さんは今⽇ 1 番の笑顔で「ありがとうございます」と答えてくれた。
「⾼梨さん、これだけは忘れないで欲しいんですが、貴⽅は今から何にでもなれます。焦らず、世界を広く⾒て沢⼭悩んでください。」
別れ際にお姉さんはそんな⾔葉をくれ、より私を勇気付ける。
「また来ます。」と伝え店を出た。
そのままお姉さんが教えてくれたご飯屋さんへ向かい昼⾷をいただく。
久しぶりに⾷べた温かいご飯。ずっとコンビニやインスタントで済ませていた。
なんだかとても暖かくて、⼼がボカボカしてきて、私は年甲斐もなく泣いてしまった。平⽇の少し遅めの時間だからか、店内には⼈も少なく、端っこの席だったっこともあり、周りに⾒られることは無かったが、外で 1 ⼈で泣いてしまった気恥ずかしさと、泣いたおかげでのスッキリ感でなんだかまた 1 つ⼼が軽くなったような気がした。
⾷事を終え店を出る。
⽇の光が暖かく、空には⻘空が広がっている。
「私はこれから何にでもなれる・・・」
これからのことはゆっくり考えよう。まずは⾃分と向き合い、⾃分を知る時間を作ろう。私は朝よりも何倍も軽い⾜取りで、住みなれた街の探索へと出掛けた。