「でも、僕は男で、その、こんな図体で。今は可愛い男性がいてもおかしくないのかもしれないけれど…その、僕には似合わないかなって思ってしまって」
僕の身長は 180 を超えていて、筋肉質。顔立ちもどちらかというといかつい方で、おおよそ可愛いからは 1 番遠い存在の自分には、その資格がない。気持ちが暗くなっていき、俯いた僕に、翔太さんが明るい声で言った。
「お客様、美容師はね、魔法を使えなくてはならないんです」
「魔法? 」
翔太さんは宝物に触れるように大切に私の髪に触れる。とても優しい手つきで、そしてその手つきと同じくらいに優しい声だった。
「お客様に、この髪型で明日も頑張ろう、とか、キラキラ生きていいんだ、とか、自分って可愛いなあ、とか、今の自分が好きだって思えるように魔法を掛けるんです」
僕にとっての魔法の杖が、このハサミです。と鏡越しに翔太さんは楽しそうに言う。
「美容院での時間なんて、長い人生から見ればたった一瞬だけれど、その一瞬で一人一人の何かを変えられると思うんです」
翔太さんと鏡越しに目が合う。この人に、自分の理想をすべて、話してみたい。そう思える真摯な瞳だった。
それから、時間をかけて翔太さんは僕のなりたいイメージや髪型について聞いてくれた。本人がなりたいイメージと実際に似合う髪型は違う場合が多いけれど、翔太さんはちょう ど中間……僕がなりたいイメージともマッチしており、かつ似合う髪型と、髪色を考えてくれた。
翔太さんは、本物の魔法使いなのだと、完成したヘアスタイルを見て思った。胸の奥底から何かが込み上がってくるような、震えるような感動があった。
「ありがとうございます!すごく気に入りました! 」
自分の声は来店直後と比べると自分でもわかるほどに明るく、他人の声のようだった。」翔太さんは完成した髪型を、くるりと大きめの鏡で写して見せながら、入店時よりもっと明るい笑顔を見せてくれた。
「本当にかわいいですよ。お客様にご満足いただけたことが本当にうれしいです。こちらこそありがとうございました」
お会計の際翔太さんはそっと、他の客に聞こえないような声で僕に秘密を教えてくれた。
「僕も、実はあなたと同じなんです。可愛いを目指していた…いや、今も目指している人間です」
だからまた、いつでもいらしてくださいね。
店を出る時、元気付けるように言われた言葉が、店を出てしばらく歩いてからも、心の中に優しく響いていた。妙にしゃんと胸を張りながら、帰路につく。
ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿に気づいた僕は、目を見開いた。その姿は今まで見たどの瞬間の自分より、可愛かったからだ。
♢♢♢
過去の記憶を思い出すうちに、自分の口元が緩んでいることに気づいて、驚いた。こんなに幸福で、ワクワクした気持ちは、いつぶりだろうか。また何個か可愛いぬいぐるみが増えたベッドの上で、僕は美容室での出来事を思い出していた。
あの日初めて髪を整えてもらってから、3 ヶ月が経った。そろそろまた美容院に行くには
ちょうどいい時期だろう。予約は、あの日と同じくまた明後日に入れた。担当はもちろん翔太さんだ。ああ、どうしよう。次はどんな髪色に、髪型にしてもらおうか。流行りのピンクグレージュ、いっそ上品なブラウンも捨てがたい。いや、ブルーアッシュも可愛いかもしれない。髪型は、揃えるだけにしようか。それとももう少し伸ばしてみようか。