可愛いもの囲まれて、可愛いものを見ていたい。その感情はどうしても止められなかった。例え自分は可愛くなれないとしても、せめてぬいぐるみだとか、ピンク色のベッドカバーだとか、可愛いものには囲まれていたかったのだ。
アニメの内容に集中していると急に、ニュース速報が流れ驚く。内容は東京の感染者数が1000人を超えたというものだった。政府はずっと自粛を呼びかけているが、SNS にはやれ複数人のサークルメンバーで飲み会に行ったり、恋人とデートに行ったりという投稿が変わらずアップされ続け、SNS 以外を見てみても、コロナの影響で失業者が増え続けているという気が滅入るような記事で溢れていた。
誰にとも言えないため息を吐くが、その音は誰にも聞かれることなく、小さなワンルームに吸い込まれていった。このままずっと、世界はつまらないままのだろうか。
この一年で、魔法がかかったように世界は急激に、着実にウイルスに蝕まれ、楽しいという感情もどんどん蝕まれていた。
「嫌な魔法だな」
先程まで見ていたアニメも、急激につまらなく感じてテレビを消した。そしてうさぎのぬいぐるみに顔を埋める。なんだかどうしようもなく落ち込んだ気分だった。
ふと、自分の髪に触れる。半年ほど前に適当な美容院で染めて、切った髪は色落ちして、伸び放題で正直綺麗だなんてとても言えない状態だ。この半年間特に髪に気を配ってはいなかった。バイトのシフト自体が減らされたのは勿論のこと、コンビニ出勤時はマスクを着用し、眼鏡を掛け、前髪を横に流せば事足りてしまっていたのも原因の一つだった。
「美容院かあ」
ふと携帯を手に取り、カレンダーを見る。すると明後日はまるまる仕事が休みというなんとも絶妙なタイミングだった。
それからサイトで予約ができるかを確認してみると、これまた運良くちょうど明後日の
午後に予約が可能となっていた。駅前に最近出来た、腕がいいと評判の美容院だった。
♢♢♢
予約日当日、美容院に入った僕を美容師の翔太さんは花が咲いたような笑顔で(マスクをしているというのに、目元だけでも満面の笑みだというのが分かるほどだった)出迎えてくれた。
「髪の毛、だいぶ伸びていますね、最後に整えたのはいつですか? 」
「あ、ええと……たしか半年前、です」
「そうでしたか! 美容院に行くまでの道のりだけでも、今のご時世怖いですもんね。今日は来てくださりありがとうございます」
翔太さんの微笑みに、久しぶりの美容院という場所に対する緊張がほぐれていく。
「それじゃあ、今日はお客様がご満足いただけるよう、精一杯頑張りますね。今日はどのような髪形にしたいとか、ありますか」
「えっと、お任せでお願いします」
今まで行った美容院は全てこの一言で済ませていた。きっと今回も、これ以降は美容師が好きなようにヘアカットを行なっていくものだと思い、深く腰掛け直す。
すると翔太さんは、僕に尋ねた。
「お客様は、どんな自分になりたいんですか」
「どんな自分に? 」
「はい、なりたいイメージとか、かっこよくなりたいとか、大人の色気が欲しいとか、どんなものでもいいんです。もちろん、お任せされるのも嬉しいんですけど、もしかしたらお客様には何か……明確になりたいイメージがあるような気がして」
どんなものでも、良い。その言葉を聞いた瞬間、僕は反射的にポツリ、と言葉を発していた。
「あの……実は僕、実はずっと可愛くなりたいと思っていて」
翔太さんは僕の言葉に一切顔を顰めたりせず、むしろ嬉しそうに頷いた。
「ええ、いいですね! 」