「どうして男の子はかっこよくないといけないの」
リボンでふたつに結んだ髪型をして両親に尋ねた時、母親は困った顔をして、頑固な父親にはそのヘンテコなリボンを外せと怒鳴られた。
ずっと幼い時から、可愛いものに誰よりも執着心があった。二人の姉に囲まれ、同年代の男子と比べると、「可愛いもの」に触れる機会が多かったからだろうか。女児向けアニメに出るヒロインの、ピンク色の髪型。画面の中のヒロインはいつだって強くて、可愛くて、キラキラしていて、見ているだけで心臓が高鳴ったのを昨日のように覚えている。
けれど、両親や同級生、周囲の人の反応の意味を正確に理解できるようになった頃、僕は他人の前では一切可愛くなりたいということを言わなくなった。可愛いぬいぐるみが欲しいことや、可愛い服が着たいこと。それらの全てが「僕」が期待された姿とはかけ離れたものだったから。高校卒業後すぐに田舎を出て数年たった今でも、僕は囚われ続けたままだ。
聴きなれた着信音で目を覚ます。母からの着信だということに気づいた僕はため息を吐き、電話を取った。
「ああ、拓也、元気してる?」
「……うん」
電話先の母の声は随分と老け込んでいた。
「あのねえ、拓也」
「また帰ってこいとか言うんでしょ」
母は黙って、さっきの僕と同じようなため息を吐いた。
「お父さんが、戻ってきなさいって言ってる。今、こんな……コロナで就職先とかも見つからないし、大変な状況でしょ。あなたは長男なんだしどうせ東京のコンビニでバイトしてるくらいなら帰ってお父さんの仕事を手伝えって」
「何度言ったって僕は変わらないよ、帰るつもりはない」
「……別に何か夢があるわけでもないんでしょう」
「ごめん、母さん、明日仕事だから。今日は切るよ」
母の言葉にカチンときた僕は、引き止める声を聞かずに電話を切った。……すべてが、図星だった。僕は何となく変わりたい、とぼんやり思うだけで、どう変わりたいのかも、その方法も何もかもが分からなかった。
気持ちを切り替えるためにシャワーを浴びて肌触りの良いパジャマに着替える。横たわったベッドには、柔らかなうさぎのぬいぐるみが置いてあり、ぎゅっと抱きしめると心が落ち着いた。
「あ、そうだ」
この自粛期間ですっかり癖づいた独り言は、いつかこの状況から解放されてもしばらく残り続けるのだろうか。そんなことを思いながらテレビをつける。ちょうど始まったアニメの中では、キラキラした、色とりどりの髪色のヒロインたちが敵と懸命に戦っていた。
親元を離れ、誰も自分を知らない場所に住み始めてから暫く経ち、ようやく触れられた可愛いものたち。