考え込んでいると、あの日と同じ着信音が部屋に鳴り響いた。母からだった。母の話す内容は以前と変わらず、この情勢が少し落ち着いたら実家に戻れ、というものだった。
「ねえ、拓也、何度も言うけどこっちに戻ってきて。きっとあなたもそっちの方が……」
「母さん、あのね」
あの美容院でついこぼれたような、自分でも驚くような、希望に満ちた明るい声が出た。
「僕は、僕らしさが本当の意味で分かった気がしたんだ。まだ、明確にやりたいことは決まってないけれど、僕はまだ、もう少しここで頑張りたいと思う。心配をかけるかもしれないけど、見守っていてくれないかな」
母は何も言わない。無言の時間がしばらく続き、電話口からため息が聞こえた。
「お父さんには、言っておく。身体にだけは、気をつけなさいね。……あなたのそんな明るい声、久しぶりに聞いた」
じゃあね、という言葉を最後に母は電話を切った。気付けば、僕の目からは達成感と、言葉に出来ない幸福感が混ざった涙が溢れ、しばらくの間止まらなかった。
明後日僕はまたあの美容室で働く、魔法使いに会いにいく。そして、きっとまた、とびきりの魔法をかけてもらうのだ。
どんな時でも、どんな場所でも、自分らしくいられる魔法を。