「祖母はいつも、こちらでヘアカラーしてもらってたんですよね?」成美が問いかけると、あずさは小さく頷いた。
「信代さんはね、わたしに全部お任せするって言ってくれた初めてのお客様だったの。カットと、カラー、メイクまで全部。『カッコいいって胸を張れるような髪型にして頂戴。あなたに任せるから』って。今成美さんが座っている椅子に疑うことなく座ってくれてね。すごく嬉しかった」
あずさは話をしながらも、手を止めることなく大切な宝物を扱うように、成美の髪を扱っていく。軽く霧吹きで湿らせ毛先にホットカーラーを巻きはじめた。迷いのないあずさの手捌きに見惚れながらも、成美は自分の知らない祖母の一面を聞くことができて誇らしくなった。
「あずささんは、どうして美容師になったんですか?」
「もともと、母が美容師でね。仕事をしている母がかっこいいなあって憧れたのがきっかけ。でも、そんなこと面と向かって言えないでしょ、恥ずかしくってね。美容師の免許をとって、他で修行しなさいって言われたんだけど、すぐに母のアシスタントについたのね」あずさはそこまでいって、ほんの少し手を止めた。
「はじめのうちは、やっぱり厳しかった。小さな美容室だけど、母のヘアスタイリングは人気でね、いつも予約いっぱい。でも、みんな私には髪を触らせてくれなかった。シャンプーですら『あずさちゃんは若いから、力いっぱいシャンプーしちゃうのね』なんて言われたなあ」あずさは当時を思い出したらしく、苦笑いした。
「私も若かったから、ムッとしたり傷付いたりしてねえ。思い返すと失礼なことばっかりで、嫌んなっちゃう」そうしてあずさはまた、成美の髪をてきぱきと捌き始めた。
「おばあちゃんは、あずささんの初めてのお客様だって、さっき言ってましたよね?」成美が質問すると、あずさは、そうそうと大きくうなずいた。
「信代さんね、ちょうど社交ダンスの大会前でね。大会当日のヘアメイクもね、衣装に合わせたのをいつも予約してくださってたの。ちょうどその打ち合わせに来られたのよね」
所狭しと壁に飾られた写真を成美は思いだす。きらびやかな衣装とメダルに気を取られがちだったけれど、競技後にもかかわらずヘアメイクもくずれることなく完璧だった。
「信代さん、その日は少し早めにお店にこられてて。私のしょぼくれた姿を見てたみたいなんだよね」ふふふっと少し照れたようにあずさは笑ってごまかした。もしかして泣いてたのかなあなんて成美は思いながらも、詮索せずにうなずいた。
「そうしたら、信代さんが何食わぬ顔で『次の大会、若い人の感性も取り入れることに決めたの。今まで通りやってたんじゃ進歩がないでしょ』って言ってくれてね」
「おばあちゃん、かっこいいなあ。そのときに、初めて紫色に染めたんですか?」
「そう。衣装がレモンイエローにシルバーのスパンコールがついたドレスだったのね。それで、一番映える色は紫ですって提案したの。そうしたら、メイクとヘアスタイルも衣装にぴったりで華やかに見えるように思いきやって頂戴ってお任せしてくださったのよね」あずさの声には、たっぷりとした嬉しさが含まれていた。「その時の写真、おばあちゃんの家に飾ってあります。いつも自慢してました」成美がそういうと、あずさはすごく嬉しそうに笑ってくれた。
「でも、ひとつ分からないことがあって」成美がそういうと、あずさは「何かな?」という目線を送り成美の次の言葉を待っていた。