成美がスマホを見ると14時を過ぎたばかりだった。信代が予約を入れていた時間には、あと一時間しかない。成美は祖母が通っていた美容室へ行ってみようと思い始めていた。
今でこそもう慣れたけれど、祖母の髪色を気恥ずかしく思ったときもあった。どうして、ずっと髪を紫色に染めていたんだろう? 祖母に尋ねてみても「ダンスで目立つようにって染めてみたの。そうしたら、その大会で成績がよくって。それからずうっと良いことが起こるようにって験担ぎだよ」そう言ってふふっと笑ってごまかすばかりだった。美容室へ行ってみれば、髪を染め続けた理由が分かるかもしれない。
成美はスマホを手に取って、「美容室 ステージ」と検索してみた。小さなお店らしく、ホームページなどは見当たらない。けれど、電車で二つ先の駅前に同じ店名の美容室があるらしい。「きっとこのお店だ」と、成美は美容室ステージを訪れることにした。
美容室ステージは、駅前から一本裏に入った静かな通りにあった。成美は予想していたよりもシンプルで、白い扉にはドライフラワーのリースが飾られていた。カフェと言われればそんなふうにも見える店構えだった。
15時を少し過ぎたのを確認し、成美は思い切って扉を開けた。こじんまりとした店内には、シャンプー台とヘアカットのためのチェアがそれぞれひとつ。他には座り心地の良さそうなソファとローテーブル、ぎっしりと詰まった本棚が見えた。
扉が開いたことを察知してか、奥から「あ、入って待っててくださーい」と声が聞こえた。成美はどうしようかモジモジしていると、スタッフルームと思われる小さな扉をあけて美容師さんがパタパタと成美に駆け寄ってきた。目元がぱっちりとして華やかな笑顔が印象的だ。
「あら、はじめましてのお客様ですよね? 今からご予約のお客様がいらっしゃるので、すぐにはご案内できないんですけど……。ちょっと待ってくださいね」
明るい髪の色と良く似た声で対応しながら、美容室ステージの店主は予約表を手に取ろうとした。
「あ、あの。私、予約してた江川信代の孫の、小野成美といいまして……」成美は、その先に続く言葉を口に出せなかった。そうして気がつけば、ほとりと涙がこぼれていた。
「あららら」と、美容師さんは慌てながら、成美に駆け寄り、乾いたタオルをそっと差し出してくれた。成美が流した涙の意味に、美容師は気づいている様子だった。
「成美さん、ね。信代さんとお話していると、よくお名前があがってました。いつも嬉しそうに話してたなあ……。ねえ、せっかくだから少し時間ある? 座って?」そう言って店主は鏡の前のチェアに手招きし、成美に座るよう促した。
成美は少し落ち着いてから、信代が亡くなったことを告げた。あずさと名乗った美容師は、成美の髪を梳かしていた手を止め、まぶたを閉じた。そうして、悲しみを抑えるように何度か深呼吸をした。少しして、成美に「まだ辛いだろうのに、伝えてに来てくれてありがとう」とお礼を言った。
「信代さん、私にとって特別なお客様だったから……」鏡越しに見えるあずさの表情から、その言葉はお世辞でもなんでもなく、本当の気持ちなんだと成美は感じ取った。