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『髪、切った?』小川いのり

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「いつも通り、切ったことがわからないようにお願いします」
 そう言って美容室のイスに座る。私の通っているのは、物静かな熟年マスターがひとりでやっている昔ながらの美容室。若い美容師さんがたくさんいる、きらびやかなガラス張りの美容室より、休日なのに予約なしで来店してもほとんど他のお客さんとバッティングしないこの静かな美容室のほうが私は落ち着く。シャイなマスターは無用なトークもしないし、無理なイメチェンも勧めないし、とても気楽だ。
「・・・なんか・・・かな」
 いつものように黙って髪を切っていたマスターが、ポツリと何かを言った。ハサミのチョキチョキという音にもかき消されるくらいの小さな声だから、「えっ?」と聞き返す。
「いや・・・もっとこう、夏っぽい髪型にできないかなと思って」
 珍しい。提案なんか初めてだ。いい加減、マスターもいつも同じに飽きてきたのかな。毛先をそろえる程度しか切らないから、カットのし甲斐もないし。
「最近暑いし・・・・それに、ずっとボブだし」
 ほら、やっぱり。めちゃくちゃ小さな声だったけど、最後に本音が聞こえた。でもマスターの言う通りここ数日、猛暑が続いている。今日も最高気温38度予想だし、まだまだ暑い日が続くだろう。
 ・・・あ。そうだ。
 ふと、あることに気づいた。もう私の変化をチェックする同僚は昨日で全員いなくなったんだ。久しぶりにバッサリ切ってみようか・・・いやいや、でもすごく変になったらどうしよう。そもそも自分でもここ数年同じ顔しか見ていないから、どんな髪型が似合うのかもわからない。
 ・・・でも、変えてみたい。無性にこのモヤモヤとした気持ちに区切りをつけたくなった。
「それじゃぁ、夏仕様にしてもらえますか?おまかせします」
 おまかせ、だなんてそんな危険なセリフを我ながらよく言ったと思う。いくらなんでも突拍子もない髪型にはされないだろう。ここはマスターを信じるしかない。とにかく、この髪型を今すぐ卒業したい!
 マスターはウキウキした様子でハサミを持ち直した。躊躇なく切られていく髪。どんどん軽くなっていく頭。すきバサミが動くたびに暑くてムレていた頭の中が涼しくなる。それが気持ちよくて、いつもより忙しく鳴るいろんなハサミの音を聞きながら私は目を閉じた。

「・・・はい。夏仕様」
 髪を丁寧に梳かしてくれたマスターが納得したようにそう言ったのを聞き、私は目を開けた。鏡にはショートヘアになった自分が映っている。
「はぁー・・・とっても軽いです」
 あまりの爽快感に、思わず深いため息がもれた。イスから立ち上がると、タイルの床にもっさりと髪の山ができていた。それを見て、よりサッパリとした気持ちになる。まるで長年の悪い憑き物がきれいにそぎ落とされたようだ。
「ありがとうございました。・・・何だか、ジャンプしたい気分です」
 お会計をしながらそう言うと、マスターが笑った。私も顔が笑ってしまうのを止められない。あぁ、今すぐジャンプしたい。どこかに走り出したい。運動オンチのアラサー女をこんな気持ちにさせてくれるなんて、美容師さんってすごい。
 マスターに再度お礼を言って美容室から出ると、むわっとした熱気が体にまとわりつく。でも、雲ひとつない青空を見上げて歩き出すと、その熱さえも清々しく感じた。

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