「あれ?髪、切った?」
出勤早々、かの有名な司会者のように後輩に声をかける。月曜日の朝は、このセリフが私の定番だ。
「そうなんですー。昨日、切りました」
先週までひとつに結ばれていた長い髪は肩におりていて、ツヤツヤだ。
「かわいいね。似合ってるよ」
「えへへ。ありがとうございます」
彼女が少し照れながら自分の髪をなでた。
・・・ほんと、かわいいなぁ。
同じ女の私でもこんなにかわいいと思うんだから、きっと男性社員にはもっとかわいく見えるに違いない・・・あ。でも、男性って彼女とか奥さんの髪型変化に鈍感なんだっけ。
私だって「見つけるぞ」と意気込んで探しているわけじゃない。自然に「違うな」とわかるものだと思うけど、何で気づかないんだろう・・・ほら。あそこにいる営業部の課長も散髪してるよ。
こうして他人の髪型には敏感に反応するくせに、自分はと言うともう何年も髪型を変えていない。染めたこともない、毛量の多い真っ黒なボブヘア。まぁ顔も服装も地味な私にはお似合いの髪型ではある。昔、同じ部署だった仲良しの先輩に「こけし」とか「ヘルメットかぶってるみたい」とからかわれたっけ。ちなみにその先輩はゆるふわパーマの茶色いロングヘアで、女性らしくてうらやましかったなぁ。
私だって何年も同じ髪型で生きていくなんて思いもしなかった。でも今は、最低でも2カ月に1度は美容室へ行き、この髪型をキープしている。そして美容師さんには必ずこう伝える。
「髪を切ったことがわからないように切ってください」
自分でもおかしな注文だとわかっている。でも、髪型が変わるということは私にとって心底めんどうなことなのだ。
そう思うようになったきっかけは、入社後初めて髪を切った時のこと。ぼさぼさになっていた髪を短く整えてもらい、サッパリとした気持ちで出社すると、くすくすとイヤな笑い方をして何やら話を始める同僚たち。
『見てよあれ。堀江さん、髪切ってるよ。どういう心境の変化?』
『彼氏でもできたんじゃない?』
『もしかして今週末はデート?』
お局様の席にみんなが集合して、私を見ながらヒソヒソと始まる内緒話・・・とは言え、本人に聞こえるボリュームで話しているんだから内緒になっていないけど。せっかく聞こえていないフリをしてあげていたのに、ひとしきり盛り上がると今度は私を取り囲んで先ほどの会話を直接ぶつけてきた。
・・・は?何を言っているの、この人たち。私は「心境の変化=彼氏」ができないと髪を切っちゃいけないわけ?むしろ髪を切る定番の理由といえば失恋なんじゃないの?っていうか、そもそも何で私には彼氏がいない前提?・・・まぁ、いませんけど。
新入社員が髪を切っただけでそんなに働く想像力と、それを実際に本人へ言うという強心臓。ある意味、尊敬に価すると言うべきか。
髪型に限らず、メイクでも服でも、どんなことでも自分の変化を誰かに気づいてもらえることって、本当は嬉しいことのはず。でも、私の変化を目ざとく見つけてその理由まで勝手に決めようとする彼女たちからは好意が一切感じられない。むしろ悪意が・・・と感じてしまうのは、私の性格がひねくれているのだろうか。