イライラする気持ちを抑えて「何もありませんよー」「彼氏はいませんよー」と愛想よく答えると、さらにイライラが増す。でも同僚たちは私の返事を聞いてなぜか安心したような顔をする。自分たちのプライベートに不満があるのか、地味な新入社員に先を越されたくないと焦っていたのか。彼女たちの気持ちは知らないが、何もない私を確認することで安心感を得ているようだった。
その後も数カ月に1度、私が髪を切るたびに繰り返されるこの不毛なやりとりが煩わしくなり、美容室であんな注文をするようになったのだ。美容師さんもさすがプロ。私の注文通りにしてくれたおかげで髪を切ったことがバレなくなり、貴重な業務 時間を無駄にする回数が減った。まぁ、美容室に通う回数は倍以上増えたけど。
何年経っても変わらない、自分の地味な容姿。私なんかで安心感を得ようとする彼女たちもバカだと思うけど、それに黙って付き合っている自分はもっとバカかもしれない。
変わらない私を続けてもう10年目の夏。めんどうな同僚もこの10年でひとり、またひとりと退職していき、最後のひとりも今日で退職する。私の同期でもあるこの彼女は本当に厄介だった。
あれはいつだったか・・・彼女の上司と私が雑談しているのを見られた時のこと。そうだ、その時も朝からお決まりの「部長、髪切りました?」で私から話しかけ、部長が「そうなんだよ」と返事をしただけだったと思う。それを目撃した彼女はまだ午前の業務中だというのにロッカー室に私を呼び出した。
「今朝、部長と何を話していたの?」
いきなりそう詰め寄られ、
「私より堀江ちゃんと話しているほうが部長は楽しいみたい」
「私より堀江ちゃんのほうが好きかも」
と、めちゃくちゃめんどくさいことを言われた。子供どころか孫までいる定年間近の上司相手に何を言っているんだと、今思うと笑っちゃう。でも、当時は彼女の嫉妬心を何とか鎮めるのに必死だった。彼女には髪型もよくチェックされていて、私が髪を切ったら切ったで
「へぇー切ったんだ。何で?何があったの?」
とニヤニヤと不快な顔で言われ、同じなら同じで
「たまには変えたら?ずっと一緒じゃない」
と呆れたように言われる。・・・もう私のことはどうでもいいでしょ。ほっといてほしい。
ほんと髪には苦労させられる。もしかして、前世で髪にまつわる何か悪いことでもしたのだろうか。例えば、誰かの髪にガムをつけたとか・・・うわ、それは最悪だ。いや、もっと凶悪な感じで、無差別に女性の髪を切る連続通り魔だったとか?うーん、それなら仕方がない。現世ではどんなことでも償いとして受け止めなきゃいけないな。
あはは・・・はぁ・・・。
ため息をついてから、ほんの少しだけ目にかかる髪を指でつまむ。
あーあ・・・また前髪伸びてきた。今週、美容室に行かなきゃ・・・。
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