「おはようございまーす」
月曜日の朝。事務所のドアを開けた時、普段より声がワントーン高くなった気がする。いつもと同じ一日が始まるのに、頭が軽いからか心も軽い。思わず自分の席までスキップしてしまいたくなる。まるで生まれ変わった気分。本当、私って単純だ。
「堀江さん。これ、伝票」
「あ。ありがとうございます」
「・・・・」
「?」
昼休みまでもう少しという時、上司が私の席へと来た。でも伝票を受け取っても、彼は私をじっと見たままで自分の席へ戻ろうとしない。
何だろう。この伝票に何かある?何か気づけってこと?
訳がわからず、私は上司と伝票を交互に見た。
「・・・髪、切った?」
「え・・・」
上司が私の頭を指さしながら、にっこりと笑った。
・・・嬉しい・・・嬉しい、嬉しい。嬉しい!気づいてもらえた!男性だって気づいてくれるんじゃん!
「そうなんです。堀江、夏仕様です」
「サッパリしてていいじゃん」
「っ・・・ありがとうございます」
お世辞なのはわかっている。でも、優しく笑ってそう言ってくれた上司に、思わず心がいっぱいになる。あぁ・・・本当に嬉しい。
今まで、自分の上司と話をすることすら避けていた。同僚に嫉妬される前に、一秒でも早く会話を切り上げることだけを考えていた。でも、もう誰に遠慮することはない。私は髪型でも会話でも、何でも自由に楽しんでいい。私に向けられた言葉を 素直に喜んでいい。
そうだ・・・本当はずっと、私は素直でいたかったんだ。
「あれ?堀江さん、髪切りました?」
先週、髪型をほめた後輩に書類を持って行くと、キラキラした目で私を見上げた。
「そうなの。気づいてくれて嬉しい。ありがとう」
「あはは。何言ってるんですかぁ。堀江さんがいつも気づいてくれるんじゃないですか」
「え・・・」
「その髪型、かわいいー」
5歳以上年下の女の子に「かわいい」なんて言ってもらえるとは・・・めちゃくちゃ照れる。にこにこと笑っている彼女につられて、私も笑顔になる。自分が今まで何気なく言ってきた「髪切った?」というセリフ。初めて何の裏もなく自分に向けられたその言葉に、嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「オレも、朝礼で見た時から気づいてたよ」
彼女の後ろに座っていた部長が、くるっとイスを回転させて話に入ってきた。冗談だとわかる、おもしろがっているようなその表情。でも「ウソでしょ」と言うことも忘れて素直に「ありがとうございます」とその言葉を受け取り、3人で笑い合う。
髪型を変えて、気づいてもらえて、それを素直に喜べること。それがこんなにもハッピーなことだったなんて!
変わらない私に変化を与えてくれたマスター、ありがとう。次に美容室に行ったら、今日のことを報告しよう。これまでは変わらない自分を作るために仕方なく行っていた美容室。嫌いじゃないけど、好きでもない場所だった。でもこれからは無邪気になれる、行くことがわくわくする場所になりそうだ。