「……うん、そうだね」
「佳苗も春樹もおじいちゃんがやってくれたのに、瑠海だけ残念ねえ。おじいちゃん、天国で悔しがってるわよ」
「うん」
母の言葉に、私はなんだか脇腹のあたりがむず痒いような気持になって、「着替えてくる。ごはんの前にちょっと寝る」と言い残し、逃げるようにリビングを後にした。
どす、どす、どす、と階段を上る。
鬱陶しいジャケットや、肌にはりつくストッキングを脱ぎ捨てると、それだけで少しホッとした。部屋着に着替えて、ぎゅっときつく結っていた髪を解き、勢いよくベッドに顔をうずめる。
おじいちゃん。
どうして私だけ、晴れ着姿を見てくれないの?
私は、今日バスで見たまゆちゃんよりも、ずっとずっとわがままな子供だった。しょっちゅう泣いてはおじいちゃんを困らせた。
「なんでお母さんもお父さんも帰ってこないの? なんで瑠海だけこんなところにいなきゃいけないの?」
「そうだよね。瑠海ちゃんだって、お母さんとお父さんがいいよねえ。じいちゃん、わかってるから」
「じいちゃん、臭い! こっちこないで!」
「あっ、そうだよね。パーマ剤の匂い嫌いって言ってたよね。でもじいちゃん、一日中お店にいるからさ、どうしようもならないんだよ。ごめんね」
あの頃の私にもしも会いに行けるのなら――ぶん殴って、「おじいちゃんにわがまま言うなっ!」と叱りたい。そういうことを考え出すと、熱い涙が溢れてきて、私は枕に顔をうずめて、うう、と情けない声を絞り出した。
祖父は二年前、肺がんで亡くなった。
病院で診断が下されたころには既に転移が始まってしまっていて、すぐに入院してください、という運びになった。しかし、つい昨日まで元気にお客さんの髪を切っていた祖父が入院したところで私には全然実感が沸かず、また姉のこともあって病院という場所に対して変に慣れてしまっていたこともあり、危機感というものはあまりなかった、
しかし、祖父は入院するや否や見る見る弱っていった。まるで病院そのものに生気を吸われてでもいるようだった。いつもちゃきちゃきと働いて、決して人に手間をかけさせるようなことのなかった祖父。そんな祖父が、おむつを履きだしたあたりから、私はようやく「もじかしておじいちゃん、やばいんじゃ」と思い始めるのだった。
「瑠海ちゃんの成人式にヘアセットをやってやるまでは、じいちゃん、元気でいなきゃなあ」
病床で、うつらうつらと眠そうにしながらそう言う祖父の細い手は、とてもじゃないがハサミを握れる力が残っているようには見えず、そういうことがあまりに辛く思えて、当時まだ高校生だった私は泣いた。
病室で、病気と闘っている患者を前にして泣くなんてこと、してはいけないと頭ではわかっていたのに、どうしようもなく悲しくて辛かった。
泣く私を前にしても、祖父は何も言わなかった。
いつもだったら、私が泣けば、おろおろして「瑠海ちゃん、どうしたの」と言ってくれたのに。
それから間もなくして、寒い冬の日、祖父は天国へと旅立った。
「はい。じゃあ、次の写真なんだけど……」
前撮り当日。重たい着物を着て、カメラの前でぎこちない笑みを浮かべる私に、カメラマンさんがこっそり近づいてきて、耳打ちをした。