今ではもうそんな面影もないくらい元気だが、生まれつき体の弱かった姉は小学校を卒業するまでは入退院を繰り返し、そんな姉に母は付きっ切りだった。
一方、姉とは打って変わって健康良児だった兄は、五歳から習い始めたサッカー教室でめきめきと実力を伸ばし、有名なジュニアチームに入って試合のために全国を駆け回った。父はそんな兄のために惜しまず休日を使い、時には仕事を休んでまで、どこへだって付き添った。
そして、私。
私は良くも悪くも平凡で、“手のかからない”子供だった。姉のように体を壊しやすいわけでも、兄のように何か抜きんでた才能があるわけでもない。
ただの、普通の、特筆する点のない、どこにでもいる子供。
もちろん、姉や兄――特に姉に対して「母を独り占めしてずるい」なんていう感情を抱くのは筋違いだ。姉は何も、好きで体を壊していたわけではない。高熱を出して寝込み、苦しそうにする姉の姿を何度も見てきたし、実際姉は子供時代の話をすると「みんなと同じように外へ遊びに行けなくて、辛かった」と言う。
けれど、子供の頃の私には、“姉や兄を羨むのは筋違いだ”なんてこと考えられなかった。母に優しくしてもらえる姉が羨ましかったし、父と一緒に色々な場所へ行ける兄が憎かった。
そして、土日になると決まって祖父の小さな美容室に預けられるのが、私はとにかく悲しくて、嫌だったのだ。
「ほら、まゆちゃん。次降りるよ。ピンポン押す?」
「……うん」
考え事をしていたら、まゆちゃんというらしい女の子とおじいさんはそんなやり取りの末、無事まゆちゃんの手で降車ボタンを押し、手を繋いで二人、仲良く降りて行った。去り際、おじいさんはもう一度私に向って頭を下げたが、私は今度は上手に笑えなかった。胸がいっぱいで、変に表情を崩すと涙が溢れてしまいそうだったのだ。
まゆちゃん。おじいちゃんを大事にね。
そんな風に、窓の外のまゆちゃんに向って胸の中で囁きかけると、驚いたことにまゆちゃんは何かを感じ取ったかのように私を見上げた。じっと不思議そうにこちらを見て、そこでバスが発車し、私たちの間に流れる奇妙な時間は終わりを告げる。
私はなんだか不思議な気持ちになりながら、二人が降りた三つ先の停留所で降りて、重たい足を引きずりながら家に帰った。
ただいまぁ、と気怠い声を出しながら入ったリビングでは、母が書き物をしていた。
「ああ、お帰り」
「なにしてるの?」
「あんたの前撮りの申し込みを書いてんの」
「うげっ、そっか」
「うげってなによ、うげって!」
あからさまに面倒臭そうな私の声に、母はやれやれと肩を落とした。娘のひいき目を抜きにしても、母は美人だ。目が大きく、肌は白く、髪はつやつやしている。姉と兄はそんな母の遺伝子を色濃く継いだようだが、私は残念ながら(こんなことを言うと父が泣きそうだから言わないようにしているが)父に似たようで、目は細く、鼻も背も低い。こういうところも、私が姉や兄をずるいと思う一因になっている。
「着物はスタジオで着付けてもらうとして、髪は美容室予約しなくちゃねえ。おじいちゃんがいたら、張り切ってやってくれたんだろうけど」