意識よりも早く。微かな手応えを忘れないように。
道代さんが私という被写体に託していたインスピレーションも、こんな風に刹那でかけがえのないものだったのだろうか。
だとしたら少し誇らしいな、などと考えながら。
「え、タコ?」
私が自分で何を書いたのかも認識しない内に、はるかが私のメモを覗き込んで感想を口にする。
それを聴いて私も繰り返してしまった。
「え、タコ?」
私がメモにしたためたのは、たしかにタコの絵だった。
宙を泳ぐ6つのタコ。周囲で子供とおぼしき背の低い影たちが、それを見上げている光景。
「いや、ごめん、私の絵心が無いから。タコじゃないの、でもタコみたいなの、宇宙船?」
「律子、宇宙船を見た記憶を思い出したの?」
そう言われると自信がなくなってきた。
「いや、でも、真っ昼間だったし。どこか、デパートの屋上みたいな場所でさ」
今回のはいつものフラッシュバックと違って、単なる夢の記憶とかそういうやつだろうか。
あるいは、今まで私がフラッシュバックしてきた記憶も全部、家族との思い出に憧れた私が見た、生々しい夢だったのだろうか。
それはそれでいやだな。凹んじゃう。
「あれ?」
はるかは私から手帳を奪い、改めてタコの絵を眺める。と、眉間に皺を寄せ始めた。
絵を凝視している、というわけでもなさそうだ。視線は目よりも上、宙を泳いで、まるで記憶をたぐり寄せようとしているような。
ぱっ、と意識が戻ったようで、焦点を取り戻したはるかの視線がこちらを見上げる。
「律子。私……ここ知ってるかも」
私は目を丸くした。
節約とカロリー消費もかねて歩くことしばし。渋谷駅から山手線に乗り込み、まずは品川へ。そこから京浜東北に乗り換えれば、たった3駅で蒲田だ。
こう表現しては怒られるだろうが、渋谷、品川、蒲田と、段階を踏んで少しずつ庶民の街へ近づいたような気がする。まず表参道からはイメージ出来ないような、土着的な東京、生活の匂いがする東京へ。
世田谷育ちのはるかのイメージともまた異なる気がするのだが。
蒲田駅に辿り着いた私たちはにわかにミスをやらかし、駅を出て少々の間近所を歩き回ってしまった。ライオンみたいなモヤイ像を眺め、恐らくは私が勝手に抱いた蒲田=庶民、というイメージの源泉であろう商店街をぶらりと散歩し、炭火串焼きの香りに食欲も誘われた辺りで、はるかがようやくタブレットで目的地までのアクセスを検索する。
「あ」
「……え?」
「律子ごめん、駅デパだったわ」
駅デパというのは駅とくっついた商業エリアを指す言葉。
近頃じゃ毎日食べても食べても食べ飽きない私たちは、焼き鳥を頬張りながら駅までの道を引き返す。
やがて駅が見えてきた。併設された七階建ての東急プラザ。その屋上を仰いでみると――
なるほど。
たしかに角度によっては、屋上の隅に小さく、タコが浮かんでいるのが見えた。
私はあっさり、存在しない筈の記憶へと辿り着いてしまった。
隣りに並び立つはるかが、顔色を伺ってくる。