私は素直に驚く。私の伝えたかったニュアンスを、そっくりそのまま汲み取られてしまったようなこころよさ。
「律子はそういうことが言いたいんだよね?」
「まあね」
「今、律子の毎日は、気を張っていた以前に比べて平穏過ぎて、『人生』にカウント出来ない」
「そういうこと」
「じゃあ、私は律子の『人生』に登場しなくていいや。ずっと、律子の『生活』の一部でいていい?」
また小動物の目をして、まさか拒否られるだなんて微塵も想定しないようなつぶらな瞳で、私を見上げる。
「いいよ。ていうか私の生活はもう、はるか無しじゃ廻らないよ」
「やったあ、嬉しい」
にこやかに頬をほころばせるはるかの頭を撫でていると、脇を通り過ぎる女子高生たちに笑われてしまった。
別にかまわない。私はたしかに孤児で、児童養護施設育ちで、けれど今じゃ立派に原宿の光景の一部。モデル体型で、こんなあいくるしい友達がいて、華の一流大学生だ。クレープだってタピオカだってジャンジャンもって来い。
そして……そして、あれら(・・・)の記憶が嘘だろうと本物だろうと、もうそれしきで動揺したりしない。
あの日、幼い私の目線で見た風呂場の光景をフラッシュバックして以来、私は何度も不思議な記憶の断片に触れてきた。
ある時は、家族揃って原っぱでピクニック。ある時は、他の家の家族も大勢連れだってバーベキュー大会。ある時は、ハワイのリゾート地で、プールと海とで二重となった水平線に沈む夕陽を眺めている。
まるで私に、幸福で豊かで賑やかな幼年期があったかのような光景の数々。
あまりに生々しいので、もしやと思って養護施設に電話してみたけれど、私は確かに赤子の頃から乳児院におり、そのまま施設へ。途中で誰かの家庭に預けられた経験はないという。
記憶の舞台となる場所が具体的にどこなのかまでは判明せず、同じ記憶を繰り返し見ることも出来ない為、現地へ向かうことは叶わずにいた。
「あのさ、はるか。私ね、今からちょっと変なこと言うね」
「うん。いいよ、律子の話大体変だけど」
「え? マジで? まあいいや、いいから聴いて」
「うん。どうぞ」
いつかは話を濁してしまった為、私ははるかにこの不思議な「存在しない記憶のフラッシュバック」現象について説明を始めた。
雑踏でクレープやアイスを食べるのはなかなか油断がならない行為で、なんだかんだこの会話の間にはるかの口周りはクリームで、私の手元はアイスでべとべと。私ははるかの口元、はるかは私の手元を互いにハンカチで拭い合う、変なイチャイチャに興じていた。
はるかの小ぶりで丸っこい頭から漂う微かな香り――シャンプーだろう、ミントのようなローズマリーのような――を、ふと嗅いだ、
その時だった。
不意に、
「あ、今、また」
「え?」
「思い出が……」
存在しない記憶が、また新たにフラッシュバックする。
「律子、新鮮なうちに早く言葉にして。何かヒントが見つかるかもしんないよ?」
はるかがバッグから手帳とペンを取り出し、私に手渡してきた。
このビジョン。この感覚。一瞬で消えてしまったけれど、残像はまだ脳裏に残っている。
言われるがまま、すぐに手を動かした。