私は、道代さんのモデルで、モデルでしかなかった。
結局、私は人の家に引き取られても、自分の家族を作ることは出来なかったのだ。帰宅即モデルを演じる為に部活や放課後の付き合いは諦めざるをえず、悔し紛れに死にものぐるいで勉強をした。
いいんだ。どうせ友達が出来たって、私は自分の過去をまだ簡単には言葉に出来なかったし。それに今よりうんと世間一般というやつを嫉んでいたから。むしろ学校生活をより濃密に過ごしていたら、周囲との間に余計な軋轢を生んでしまったかもしれない。
自前の学力と道代さんの財力のお陰で、私は晴れて有名大学へ進学。それなりに満たされた一人暮らしを始めることも出来た。
ちなみに、家を出てからはモデルに呼ばれることも、もうない。それは道代さんの優しさなのだと解釈しているけれど、被写体としての私への興味が持続していないことはそれとなく感じていたので、ただ単に飽きられた可能性は大きい。
今の私の目標は、在学中に将来のプランをしっかり立てて、早々に道代さんの援助を必要としない生活を組み上げること。だって、道代さんには早く次の子供を引き取ってもらって、新しい絵を描いてもらわないといけないから。
「それで?」
原宿の雑踏。狭く賑わう道の段差に腰を下ろし、クレープを頬張るはるかを見下ろす。アイスを舐めて舌を潤しながら、私はようやく自分の過去を言葉にし終えることが出来た。
なるほど、並木律子はそんな風にして生きてきたのか。言葉にすることで、自分でも初めて自分を知ったような。そんな感覚の余韻に浸っていると、私にはるかは尋ねたのだ。
「それで? 私はいつ登場するの?」
「えっ?」
「律子の人生に、瀬尾はるかはいつ、どんな形で登場するの?」
「……それは、いつか、この大学生活を振り返って、総括できる時が来たら、じゃない?」
「えっ、じゃあ今の私はなんなの? 私は律子の人生の中にまだいないの?」
「そういう訳じゃないってば。愛が熱いよ」
「だって、さびしいもん」
「……そうね。はるかは、今、私の『生活』の一部だから。私の『人生』の一部になるなら、いつか、離れる必要があるかもね」
はるかは頬張ったクレープをドリンクで強引に流し込むと、口に残ったタピオカをもっしゃもっしゃ言わせながらしばし思案に耽った。
「なるほどー、そういうものか」
「え、今の説明でわかったの?」
「なんとなく。私ね、律子みたいに特別な人生は歩んでいないし、家庭にも友達にも愛されてきた自信があるの」
「そりゃあ、幸せな人生ね」
道代さんのモデルに徹していた時のくせで、私は少しクールなキャラが板についてしまった節がある。なんというか、言い方が若干いやみっぽいのだ。そのことで人を遠ざけてしまう面があることも否めないが、はるかは私のいやみをいやみと受け取らない。
「うん、幸せだよ。私、すっごく幸運に恵まれてる。せめてそのことだけは、忘れないようにしてる」
私ははるかの口元についたクリームを指先ですくって、ぺろっと舐める。はるかはそう気安く触れられることをまったく気に留めず、話を続ける。
「けどね。ううん、だからかな。今の律子の言い方を借りるならさ、まだ私の『人生』始まってないって気がするんだ。これは『生活』。ただ生活が続いているだけであって、物語じゃないの。物語じゃないから、登場人物も生まれない」
「おお」