「どう? 律子。これ?」
「うん……これ」
素直に認める。私がフラッシュバックしたのは、ここだ。
東急プラザの屋上観覧車。存在自体は知っていたが、実際に目にしたのは初めてだ。初めてだと思う。
観覧車って言葉から思い浮かべたのはもっと規模の大きな、それこそ遊園地で見るようなそれであるが、ここの観覧車は廻る車が6つ。下から見上げると、車の底面に大きな吸盤のような、出っ張りのある足がついていて、子供がイメージする「タコさん」のようだなと得心がいった。
「どう? 律子。ここ、来たことある?」
「……ない。完全に、初めて」
言い切ることが出来た。懐かしさなど微塵も感じないし、そもそも蒲田で降りた記憶もない。むしろこの屋上遊園地『かまたえん』に少し新鮮な昂揚を覚えているくらいだ。
「やっぱり、ただの夢だったのかな」
そういって振り返ると、はるかの目に涙が浮かんでいた。
「え、はるか。泣いてるの?」
まさか、その涙も私のために? 思い出が欲しすぎて、とうとう架空の家族の記憶を捏造してフラッシュバックしてしまった私のため?
はるかは首を振った
「ねえ、律子の見た光景の中で、この観覧車で何をしてるの?」
「何も……私は、ここから見上げてる」
「だよね。弟と、おばあちゃんが乗っているのを、私は見上げてた。怖かったんだよ、こんな小さな観覧車が。だから、記憶に残ってる」
いきなり何を言い出すの?
私は理解するのに時間がかかった。
けれど、わかった。わかったよ、ちゃんと。
はるかは泣きながら笑っていた。
「違うよ。律子の思い出じゃない。律子が見たのは、私の思い出。ピクニック、今でも家族でよく行くわ。子供の頃は一番楽しい時間だった。バーベキューね、それは親戚の付き合い。これは変に気を使うし、いつも億劫だったの、だからよく覚えてる。リゾート地はハワイじゃないと思うわ。ハワイも行くけれど、子供の頃初めて言ったバリの、プール越しに見た海の光景が美しかったのを覚えてる」
そう。私が存在しない記憶をフラッシュバックする時、いつもはるかが隣りにいて、そして私は……はるかの匂いを嗅いでいた。
私たちは小さな観覧車に乗り込んで、向き合って座ると、照れくさくて笑った。
「はるか、もしかして、まだこわい?」
「うん。こわいよ律子―っ」
ふざけて、はるかが隣りに移動し、私に抱きついてくる。観覧車が揺れ、私の謎はすべて解けた。
「私の中に、はるかの記憶が流れ込んでたんだね」
はるかはいつものようなつぶらな瞳で、私を見上げる。
「そうだよ。ねえ、律子。あなたの『人生』の中に、まだ私はいない?」
私は認めなければいけないのだろう。
「……どうかな。いるのかな」
私は孤児だ。家族はいなかった。けれど。
ほんのわずかな、小さな観覧車がピークに登る瞬間。
曇り空の切れ間から光りが差すのを、ふたりして見上げる。
道代さん。私、親友ができたよ。