命令口調が妻のそれと似ていて、苦笑いしながらも俺はそのメールを大事に保存した。それからは良質のタンパク質を得る為に、炭水化物ばかり好んで食べていた俺の食生活は毎日必ず肉か魚の一品を取り入れ、それに伴って野菜も同じくらい摂るようになった。
新鮮なキャベツがしんなりしない内に早いとこ肉か魚をチョイスしてアパートに戻らねばと思い八百屋から一番近い肉屋へ向かった。店先には唐揚げやコロッケを揚げる油の香ばしい香りが漂っている。
よしっ!今夜は鶏肉をサッと焼こう!そう思って肉屋に入ろうとしたら隣の定食屋の入口にいつもと同じようにして立てかけられた黒板調のメニューボードに目を惹かれた。
『料理教室 生徒募集(男性限定)』
女性限定という言葉はよく見かけるが、男性限定とは。募集と大きく書かれたチョークの下には(募集定員あと僅か!)と赤チョークで書き足されていた。
この定食屋には単身赴任当時、週に一度くらいのペースで通っていた。生姜焼きやカツ丼などの定番メニューに必ず付いてくる小鉢に毎回趣向を凝らした一品が添えられていてなかなか美味しかった。しかし子供達の進学に伴って家計はひっ迫し、俺の生活費もジリジリと少なくなった。それからは自ずと食費を節約するために本格的に自炊を始めた。この定食屋にもしばらく足を運んでいない。
入口のガラス戸に掛けられた暖簾の隙間から店の奥を伺うと、店内で若い夫婦と思われる男女が、大量の鍋や食器に囲まれて作業をしている。
以前の定食屋にお客が溢れているところは俺の記憶にもない。察するに、息子夫婦に世代交代して商売替えするといったところか。
カバンの横にぶら下げられたキャベツのビニール袋に目をやってから俺は定食屋の戸を引いた。
「ごんばんわ」
「いらっしゃいませ、あっ違った。すみません、」
若い奥さんの方が反射的に言った(いらっしゃいませ)を引っ込めるように口元に手を当てて言う。
「いえっ、料理教室の」
「あ~っすみません、それもう締め切っちゃったんですよ」
今度は旦那の方がしまったという風に頭を掻きながら言った。
「やだっ、消してなかったの?昨日言ったのに!」
旦那の方が(すまんっ)と言いながら再び頭を掻く。俺は上手い肴を取り逃がしたような気持ちになってがっかりした。
「そうですか、」
それ程期待して入った訳でもなかった定食屋の入口を今度は少々肩を落として出ようとした。
「あの、もしキャンセルが出たらご連絡させて下さい」
奥さんの声がして引き戸を引こうとしていた俺は振り返った。
「はいっ!是非お願いします」