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『ラヴ・カマタ』ヰ尺青十

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 井沼さんが解決策を示す。
「丼を予冷すればいい」
「ヨレイ?」
「冷蔵庫で冷やしておくんだよ」
 丼は分厚いから冷気が蓄えられる。そこへ熱い汁と麺を入れれば、温度がすっと下がって猫は大助かりだ。
 ちなみに最近のラーメン屋では、客への思いやりのつもりで丼を〈予熱〉してから盛りつける所があるが、猫にしてみれば大迷惑だ。
 こういうのは思いやりどころか〈熱ハラ〉、熱ハラスメントと言うべきである。
「わたし、それでも食べられないの」
 由美ちゃんはちょっと自慢げだ。〈食べれない〉って〈ら抜き〉はしない。
「なにしろ由美は大猫で」
 大猫っていうのは〈大の猫舌〉のことさ。並みの猫舌よりももっと猫舌なんだって。
「こいつに饂飩なんか作ってやるときにはね、茹でたのを一瞬だけ水にくぐらせるの」いいかい、慧一くん、一瞬だけだよ一瞬ね。どっぷり浸けちゃだめ。それだと冷やし饂飩になっちゃう。猫舌の人だって温かいのを食べたいときには温かくなきゃいけないんだよ。
 井沼さんは力説し、由美ちゃんはニコニコしてる。おじいちゃんは、やれやれって感じでね。
「由美は肌も猫なんですよ」
 つまり〈猫肌〉ってことか? そんな言葉は無いと思うけど。
「お風呂も熱いのが駄目でして」
「わたし、銭湯で泣いちゃった」
 ボクは思わず嬉しくなる。ボクもそうだよ、由美ちゃんの仲間だよ、銭湯なんかぜったい無理だよ。
 じっさい東京の銭湯は熱かったのである。なかでも、この辺で黒湯って言われてるやつは際立っていた。

 あれは、小学一年の時だ。
 私の家には内湯があったのだが、祖父が銭湯好きで、ある日、私を伴った。
 ごつい木札みたいな下足箱の鍵とか〈ケロリン〉の桶とか富士山のペンキ絵とか、銭湯は初体験なので物みな珍しい。
 私は洗い場でお下(しも)つまり前と後ろを流すと、湯音を検分もせずに一気に片脚を突っ込んだ。
「あちっ」言う間も無く脊椎反射で抜き出す。
 哀れや、脚はじんじんして、水で冷やしても赤みが消えない。
 午後3時半くらいだったろうか、熱い湯を目当てに来た隠居らしき爺さんたちが禿げ頭ぷかぷかさせて浸かってる。
 お湯が醤油みたいな色で、爺さんたちがおでんになっていた。

「ところがです」
 井沼さんの顔が曇る。
「この子の母親は人並みはずれて熱いのが好きなんです」
 食べ物も風呂も好みが真逆なので、大猫の由美ちゃんや並猫の井沼さんとは事あるごとに衝突したという。温度を巡って口論が絶えなかったそうだ。
 それが離婚の原因だったんだろうか? 夫婦の温度差ってそういう意味だったっけ?
「いや、ちょっとしゃべり過ぎました。どうも御馳走になりまして」
 切り上げた井沼さんたちを駅までお見送りする。
 別れ際、由美ちゃんは井沼さんの左腕につかまっていたよ。顔の半分をお父さんの陰に隠すようにしてね。
 ボクは特段の表情を作ることすらできなくて、薄ら寒い顔して由美ちゃんを見つめていた。
〈もう会えないな〉
 当時はPHSもケータイもスマホもパソコンもなーんにも無い。

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