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『ラヴ・カマタ』ヰ尺青十

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「これからこの子を送ってくんです」
 蒲田から山手線に乗って、総武線乗り継いでね。
「そしたらなにか軽く食べて行きませんか」
 お礼を兼ねておじいちゃんが誘う。
 四人してデパートの食堂へ入った。先ずは食券購入。
 おじいちゃんは中華そばで、ボクはタン麺というのが定番だ。
 ラーメンとは言わなかったね。それだと袋入りの即席(インスタント)麺になる。
 で、おじいちゃんの奢りだったんで気を遣ったのかもしれないな。井沼さんたちも同じ物を頼んだよ。
 程無く四人分が届く。
「さ、どうぞ」
 言っておじいちゃんはラーメン、いや中華そばをすすり始めた。
 必ず丼の縁に親指をしっかりと掛けて持ち上げ、ずーっと中華そばの水面というか表面を見つめたままで食べ続けるんだ。
 だから向いに座ってる井沼さんたちとは目が合わないんだけど、しばらくして気配というか音で、いや無音で気がついたんだね。
「どうかしましたか?」
 井沼さんも由美ちゃんも手を付けてない。尋ねられて、もじもじしてる。
「いえ、あの、じつは熱い物が苦手でして」
「はあ」
「猫舌なんです、娘も私も。冷めるのを待ってました」
「ああ、それじゃあ、慧とおんなじですね」
 いかにもボクは猫舌だった。
 やさしい塩味で汁(スープとは言わない)が澄んでるタン麺が好きなんだけど、熱いのには困った。
 だって、冷めるの待ってると麺が伸びるし、伸びないうちに食べようとすると火傷するし。
 とかく人生は〈あれかこれか〉、トレードオフだよね、おじいちゃん。キルケゴールって哲学者も言ってるよ。
 そこでボクは秘密の技を教えてあげたんだ。
 丼に氷を撒く。
 当時、家庭用冷蔵庫には独立の冷凍室というのは無くて、製氷室っていったかな、庫内の一番上に製氷皿を納めるスペースが付いていた。だから、家でも氷はあったんだ。
 だけど、このとき、デパ食の水に氷は入っていたかな?
 給仕の人が運んできてくれたんだっけ?
 ファミレスみたいな給水器は無かったから、自分で汲んだ覚えは無いけど。
 いや、待てよ。代わりに魔法瓶(保温ポット)とか土瓶や薬缶が置いてあって、そこから汲んだんだったか?
 それともそれは、昔ながらの大衆食堂でのことだったかな?
 このあたりの記憶は曖昧だ。
 ともあれ、ボクは卓上の冷水ないし氷水をタン麺の上に撒いてみせた。それから全体に掻き回す。こうすることで丼内の温度と味が均一になるのだ。
〈うあー、不味そうだ〉
 みたく、おじいちゃんは顔をしかめたけど、井沼さんたちはボクに倣う。温度の問題が解決して、三人の猫は無事に丼を空にした。
 だけど、ボクの技には欠点があるんだ。
 温度と塩分濃度が下がるのは大歓迎なんだけど、出汁(だし)の味も薄まっちゃうんだよね。水を撒くんだから当り前だけど、水っぽくなるんだ。ジレンマだよ、まったく。
「そんなの簡単だよ、慧一くん」

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