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『いただき』中川マルカ

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 鏡の前で筋肉を動かす親父共を見ないようにして帰り支度をする。おつかれさまでした! 受付のヒゲとメガネが威勢よく言った。

 休みの日はいつものパン屋でフランスパンを一本買う。
「スタンプが貯まりましたので、次回割引きです」
 店員が決まりきった口調で言う。
 標高5メートル。
 毎度のことなので知っている。タケルが知っていることを店員も知っている。言わないと店長に叱られるのだろう。通いはじめた頃のタケルは毎度聞くフリをしたものだが流石に苦笑いをしてやり過ごす。好みのパンだし、スタンプがあるから他店のパンを試す気はしない。スタンプカードを財布にねじ込む。ありがとうございましたと押し出され、タケルはパンをかじりながら徘徊する。
 海側は歩き尽くしたから、この日は坂の多い住宅街を攻めることにした。腕時計にはコンパスと高度計が内蔵されている。これは持ち物のうち一番高価で、バイト代を貯めて買った。しかし使ってすぐにこの高度計が信用できないものだと分かる。気圧の変化で結構な誤差が出るのだ。GPSも当てにならない。結局信用できるのは自分で測定した値。高度が確かな基準点から出発し、自作の高度計で測定しながら進む。タケルの高度計は分度器の中心から重りの付いた糸を垂らしたもので、三角法を用いて高度を測定し算定する伊能忠敬方式だ。タケルは目測で予想した標高を高度計を使って確かめる。今では初めて歩く道でも誤差は僅かだ。タケルは自身の地図を埋めていく。自作の標高マップは他のどの地図よりも詳しいと思う。家に帰る頃にはパンが半分になっている。休みの日には遠出する。当面の目標は武蔵野台地を計り尽くすこと。誰かに話せば「なんで」と言われるに違いないから誰にも言わない。

 何やってんの。
 歩いてる。
 なんで。
 なんで、って、高さが気になるからだよ。
 高さ? そう高さ。高くないよここ。高いよ。高くないって。へんなの。

 母親らしき女性が子供の肩を抱き、かばうようにして歩く。白い皮膚にとくとくと血の通う頬が若々しく、吹かれた髪が丸く膨らんでいい匂いがする。いつまででも眺めていたくなるようなきれいな人だった。規格外に湾曲した右足のふくらはぎがなまめかしい。膝から足首にかけてのなだらかな線の不格好さが、さわやかな美に亀裂を入れる。話しかけてきたのはお前の息子だぞと思うが声には出さない。男の子は黄色のトレーナーを肘までまくり上げて、腕をブンブン振り回している。「N」と記されたうぐいす色のスニーカーは、きちんとしたスポーツブランドのものでタケルの足元より高価そうに見えた。こましゃくれた装飾が施され、クッションの利いた真新しいスニーカーだった。子供なんか上履きで良いんだよと苦々しく思い、自分の靴に目を落とした。何100キロを共にした、底の薄くなった茶色の登山靴。砂利道を踏みしだき雨に打たれてもへこたれることなく、タケルを支える。ABCマートの特売でサイズのひとつ大きいのを買って、100均の中敷きを2枚敷いた。俺仕様。俺の靴。それに比べて。と、タケルの目線に気づいたのか、男の子は誇らしげに足を掲げた。Nがタケルにぐいと迫る。くるぶしが、膝より高く上がって。
「あ」

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