私は、夏美と横浜駅で待ち合わせた。そこから京浜東北線の電車に乗り換えた。余り話すこともなく、段々と人々の営みが密集していく様を車窓から眺めながら、蒲田駅で下りた。
「最寄り駅は、もう一つ先なんだけど。でも乗りっぱなしで疲れたでしょう。歩いても三十分掛からないと思うけど、タクシー、使う?」
「いいわよ、もったいない。先を歩いて。付いて行くから」
夏美は、時折振り返りながらも、駅ビルの通路をすいすい抜けて行く。私は、はぐれないように、ひたすら背中を追った。階段を下りて西口から駅ビルを出ると、ぽっかりと箱の底みたいな空間が目の前に現れた。奥がロータリーになっていて、そこから何本の道路がビルの間を切り通しのように走っている。
冷たく無愛想なビル壁と、それらで切り取られた多角形の空。それらは私を、何となく浮き足立った気分にさせた。どうにも馴染めない。こういう場所で一人暮らせる夏美に少し気後れを覚えて、私は目を落とした。
かつかつと夏美の足がロータリーに沿って左に曲がっていく。私が買ってあげた靴だと気づいた。
――よく手入れしているわね。
少しほっとして、ふと目を上げたその時、視野に派手な色合いの看板が飛び込んできた。立体的にデザインされた朝日とその下に『SunRise KAMATA』と書かれている。一見パチンコ屋みたいだが、目を凝らすとアーケードだと分かった。いかにも昭和の匂いがする。
「ねえ、こちらからでも行けるのでしょう?」
私は返事を待たずにアーケードに入る。一つ先の通りに差し掛かっていた夏美は、
「でも人が多くて歩きづらいわよ。自転車も多いし」
と、ぶつぶつこぼしながら引き返してきた。
入り口近くには、寿司屋や蕎麦屋といった飲食店が並ぶ。いずれも外装は新しく、今風だ。以前からの店を改装したのか、新に営業を始めた店なのか分からないが、アーケードの看板からはもう少しすすけた感じを期待していた。私はちょっぴり肩すかしを食らった気分になった。時代の波と言えばそれまでだが、古くからのものがなくなるのは寂しいことだ。
しかし気の持ちようで、それも楽しみに変わる。私は、新しい店を開拓するのが好きだ。しかも気持ちの切り替えも早いときている。
「昔と違って、色々な店があるのね。お洒落な店も多いわ」
きょろきょろと、俄に歩みがのろくなった私に、夏美が合わせてくれた。
「随分熱心ね。もうここには来ることはないでしょうに」
夏美が呆れた声を出す。
――そうじゃないの。しっかりと見ておきたいのよ、あなたの暮らす街をね。
かつて私が住む町にもアーケードのある商店街があった。魚屋、八百屋、薬屋、本屋、洋品店などが軒を連ね、大抵の用はそこで足りたものだった。
「ねえ、覚えている? 魚屋のおじさん。あなたは、小さい頃、よく夜中に熱を出してね。その度に私は商店街まで走って、店のシャッターを叩いて、氷を分けてもらったものよ」