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『人生の器』来戸廉

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「ねえ、青写真って、何?」
 私は電車のドアに寄りかかり、窓からぼんやり外をなが眺めていた。
「えっ、何か言った?」
 私は夏美の方へ首を回す。顔を射す春の日差しがまぶしい。
「青写真よ。さっきビルの屋上に看板が出ていたの」
「あら、懐かしいわ。まだあるのね」
 夏美の視線を追って探してみたが、とっくに視界から消えていた。夏美に向き直る。
「そうそう、青写真だったわね。写真って言うけどコピーみたいなものよ。ほら、お父さんの設計会社、小さい頃あなたも何度か遊びに来たことがあるから覚えているわよね。あの狭い事務所の真ん中に、でんと大きな機械があったでしょう。あれよ。
 トレーシングペーパーの図面と専用紙を重ねて一緒に入れるとね、専用紙の方に図面が複写されて出てくるの。図面の線の部分が濃青色で全体が淡青色だったから青写真って言ったのよ。青焼きとも言ったわね」
 当時のことでも思い出したのか、夏美はわずかに目を細める。
「できたばかりのものは、まだ湿っていてね、乾かすのに時間が掛かるの。私はやきもきしながら乾くのを待って、大急ぎでお客様や町工場に届けたものよ。だってお父さん、自分が納得できるまで徹底してやるから、いつも図面が上がるのが納期ぎりぎりで、本当に大変だったわ」
「そういえば、お父さん、よく徹夜していたわね。私、いつか体を壊すんじゃないかって心配していたんだから」
「あら、そうだったの。だったら、ちゃんとお父さんにそう言えばよかったのに。喜んだわよ、きっと」
 夏美が黙る。私は窓の外に視線を戻した。

 私達が結婚して一年後。夫は会社を辞めて設計会社を起こした。世の中の景気は上り調子の頃だったが、周りからはむぼう無謀だとの声が少なからずあった。案の定、最初の三ヶ月は赤字で、貯金を切り崩(くず)しながら、夫の前の会社から仕事をもらったりして、どうにか凌(しの)ぐ日が続いた。そうするうち仕事の堅実さと丁寧さが認められて、少しずつ仕事が増えていき、何とか先が見えてきたのが半年後くらい。軌道に乗り始めたのは二年が過ぎた頃だった。
 その間、父が密かに取引先に頼んで仕事を回してくれたのも大きかった。そのことは、ずっと後になってひょんなところから耳に入ってきたのだが、私は父に対して未だに知らない振りを続けているし、ましてや夫には話さえしていない。私だって、男のきょうじ矜持くらいは分かるつもりだ。
 二人だけでアパートの一室から始めた会社は、仕事が増えるに連れて一人、二人と社員を雇い入れ、やがて社屋も新しくして、今では十人を抱えるまでになった。
 この頃は技術が進み、設計や製図も全てコンピュータ上で行って、紙の図面は一切引かなくなった。そして役目を終えたあの複写機は、今や倉庫の隅で埃(ほこり)をかぶっている。

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