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23時をまわっていた。順一はこのまま楓と別れるわけにはいかないと思っていた。
楓が支払いをしている間、順一はこの後どうするか考えた。さすがにもう一軒行こうと言っても断られる。何か二人に共通しており、なおかつ楓を元気付けられるようなこと。そう考えて、順一は、支払いを終えて出てきた楓に「学校に行きませんか?」と口にした。
「は?今から?」
順一は久しく母校の高校に行っていないから懐かしさもあり、盛り上がると思ったが、よく考えれば楓にとっては今も通っているただの職場であった。
しかし、順一は引くに引けず「先生に会ったら、久しぶりに学校見たくなりました」と無理強いした。こんな深夜に行っても中に入れないと楓は言ったが、なんとか学校へ行く流れになった。楓もなんとなくこのまま順一と別れて家に帰ってもつまらないと感じていた。
「万全のセキュリティですね」
「そりゃ今時はね」
固く閉じられた校門と数台の防犯カメラ。楓と順一は立ち尽くしていた。
と、学校の中から、ライトを持った人影が出て来る。
「楓先生?」楓と順一にライトを当てながら警備員のおじさんが言った。
楓は、正直に訳を説明した。そして少しの間だけ、学校の中に入れてもらった。
グラウンドを見渡せる石階段の前で、順一は懐かしさに浸った。
「さっきバンドやめたって言いましたけど、ギターだけは捨てられなくて」
「そうなんだ」
「でも、捨てます。来月、名古屋に転勤になったんです」
「そっか。……そういうのあるよね」
「え?」
「やめようと思ってもやめられないこと」
「先生もなんかあるんですか?」
「うーん。……ない」
「なんなんすか」
「ごめん、てきとー言った。でも考えるからちょっと待って」
「いや、いいっすよ、別に」
二人は笑った。
「やっぱり順一君変わったね」
「え?」
「少し大人になったかな」
「そうっすか?」
順一は嬉しかった。
「先生、覚えてますか?」
順一は、高校時代、オリジナル曲を作ったが、自信がなくてメンバーに言えないでいた。校内で一人で弾いていたところを通りかかった楓が褒めてくれた。
「やっぱり何でもないです」
「え、なに?」
「あの、今日先生にあってなんか安心しました」
「?」
「帰る場所があるって思えたから、前に進める気がします」
「……」
警備のおじさんに呼ばれ、順一は門に向かって歩き出した。
楓は少しの間、順一の後ろ姿を見送った。
「私はここに居ていいのかもしれない」
楓はそう思えるようになっていた。