亜希子が入社してからずっと仲良くしている同期の瑞穂は、世の中に誠実な人などほとんど存在しないのだと言う。特に営業系の自分達の会社の中には、そんな人を探しても無駄だという。瑞穂は容姿も性格もいいのに、なぜかまだ一人でいる。
「亜希子はさ、なるべく早く結婚したほうがいいと思うな。いいなという人がいれば、迷わずアプローチしな。今行かずにいつ行くの。ぐずぐずしてると急行バスは通りすぎちゃうよ。」
桜のつぼみはまだ硬いがターミナル駅近くのビル群を吹き抜ける風にも春の到来を確かに感じる頃、その瑞穂に恋人ができたようだった。
「人生で五人の心の友に出会うって聞いたことがあるけど、彼はその一人かもしれないな。」
瑞穂は神妙な面持ちで語る。
品川駅へのコンコースは、会社帰りの通勤客で埋め尽くされ足早に歩く流れに飲み込まれていく。
夜になって冷えた空気は、じゃ、おつかれさまです、とか明日のプレゼンがんばってね、とかサラリーマン達の言葉をぼんやりとくるんで漂い天井まで均質に満たす。
心の友。通勤時のざわざわした騒音の中とは違和感のある言葉が亜希子の前に灯る。
彼とは歳が一回り以上も違うという。課長の顔を思い浮かべて同じくらいかなと思う。いいオジサンというか。
でも、瑞穂は、歳の差は全く関係ないのだという。それはそうだろう。
瑞穂のようなしっかり者ならば、直感に従って行動し有言実行できる気がする。ささやかな幸せを重ねて大きな深いものへと変えていける気がする。
私はどうだろう。自分はどこへ行けばいいのだろう。一年後は二年後は、五年後はどんな大人になっているのだろう。
「中学生くらいの時かな、今思えば予知夢みたいな夢のシリーズをみたことがあるんだよね。私、中学の時は背が低くてコンプレックスを持ってたんだけど、夢の中で自分が身長165センチの大人になってるの。それからスーツを着て働いていてた。その頃は早く大人になりたかったな。」
いつだったか、瑞穂がそんなことを言っていた。瑞穂は幼い頃に両親が離婚し母親に育てられたという。今はすらっとした長身のスーツの似合う美人である。
ニュースが桜の開花予定日を告げ、年度末の繁忙期とはいえなんとなく心が落ち着かず集中しきれない毎日。一週間が4セットで一ヶ月、心が追いつかないまま時はあっという間に過ぎていく。
瑞穂に、森田さんの話をした。
森田さんに「つきあってもらえませんか?」といった話をした。
森田さんは驚いて「自分には彼女だけだから。」、「大丈夫?」といわれた。
瑞穂からは「亜希子にしては大胆だね。」といわれた。
その人に会えてよかったのかもしれない、恋のような妄想のようなものは揺らいで通り過ぎ今は後ろ姿がわずかに見えるのみだ。
桜がほぼ満開に咲こうという頃。品川駅からのコンコースとビル群をつなぐスカイウォークと名づけられた通路からは眼下に桜を眺めることができる。