下の子は女の子で、ブラジャーを買いに行くのに自分がつきあった話、上の子が最近なかなか家に帰ってこない話。子供を引きとったのは奥さんの再婚のことも考えて。
「いずれにしろさ、今井さんはまだ若いんだからさ、一度は結婚したほうがいいよ。それからさ、もう遅いから帰ったほうがいいよ。」
二人の子の父。ずいぶん、いろいろなものを通り越している。真面目さ、優しさ、父性、裸の正直になるのは勇気のいること。
また、別の日の夜。
「つきあっている人はいるんですか?」
これも思いきって聞いてみた。
「いるよ。今井さんは?」
「少し前まではそのような人がいたんですが、今は連絡がつかないんです。」
「そうか、いろいろあるよね。俺でよければまたいつでも相談にのるからさ。」
あの、そうじゃなくって。
どうやら同い年の彼女がいるらしかった。おそらく子供はもういらないんだろうな、と亜希子はぼんやり考える。
森田もまた他社からの転職組で東京の大学で応用物理の学科を卒業した後、実家近くの東北のほうの半導体の会社でしばらく働いていて、協業先であった今の会社の上司に声をかけられたという。
森田と亜希子のいる部署は総務系の部署であり、問い合わせは多いものの理系の職種からは程遠く思えたので、理系に見えませんね、というと高校までは数学が得意だったという。
終日社内にいるデスクワークなので、森田の携帯に子供からだろう、電話がかかってきて、そう、薬はお父さんの部屋の引き出しに入ってるからさ、とか、今日は手巻き寿司だからご飯炊いといて、とか話す声が聞こえてくる。
「森田さんはお子さんを一人で育てて母親代わりにもなって、そう見えて意外に頑丈なんですね。」
亜希子がある日言うと、
「俺ってひ弱にみえる?」「そういう今井さんだって意外に強いんじゃないの?こないだの土曜だって前日へべれけになってたのに、翌日ケロッとして仕事しにきてたじゃん。」
「ケロッとしてたわけじゃないんです。生まれたての子鹿状態でやっとの思いで這ってきたんですよ。でも年甲斐もないですよね。」
毎日パソコンの画面でエクセルの表に計算式と数字を埋め込む。
「森田さん最近疲れてるみたいですね。」
「今井さんこそ疲れて見えるよ。もう帰りな。」
だんだん暖かくなり、春の日差しをほのかに感じられる頃、亜希子の心の中でも陽だまりのような思いが日に日にふくらんでいた。